
パ、勝ち越しまであと20勝。セ、引き離される。
イチローがいなければ、こんなサイトは作らなかったと思う。「イチローとともに生きている」と言う思いが、毎日記録について語る当サイトにつながった。
このシリーズでは、箇条書きで「好きなところ」を書いていく。
キャリアSTATS これ基本です。

①レーザービーム
野球の走攻守の中で、私が一番心ふるえるのは「守」だ。
特にイチローの肩は、何度見ても感動する。
飛球をグラブでキャッチするとその勢いのままに駆けながら、全体重を右肩に乗せるようにしてボールを「射出」する。
元気なころのイチローの送球は、山なりではなく直線。ノーバウンドで塁を守る野手に届く。
バックホームよりも距離が長い三塁送球の方が、鋭い送球が行く。およそ80mの距離を、棒のような太い軌道で145gの物体が高速で移動するのだ。
「レーザービーム」とは、この三塁送球に驚いたMLBのアナが名づけたものだ。
しかし、イチローの肩が一番すごかったのは、オリックス時代ではなかったか。
グリーンスタジアム神戸(今は「ほっともっとフィールド神戸」)で、右翼手イチローが三塁に投げたボールは、途中で一度ホップするように見えてダイレクトで馬場敏史のグラブに収まった。私は右翼席、イチローの後ろから見ていたが、その軌道が目に焼き付いた。
MLB中継でも同様の送球は何度も見たが、球の勢いはあの時が一番だったと思う。
②ウィザード
「ストライクゾーンに来た球を、水平に正しくミートして前に飛ばす」NHKの野球教室で故川上哲治さんは古武士のような表情で、打撃の基本を説いた。
しかしイチローは、どんな投球でも安打にした。すくい上げたり、叩きつけたり。
素早い反応で思いきり弾き返すかと思えば、人のいないところへ測ったようにボールを落とす。
イチローはバットで「自分に投じられたボールは、どんなコースのどんな球でも打ち返してよいのだ」と語っているかのようだった。
「ただし、ヒットに出来るのなら」。
MLBではそんなイチローの打撃を「ウィザード(魔法使い)」と言った。
2004年のイチローはまさに魔法使いのようだった。

③しなやかさ
外野でも、打席でも、イチローは独特の動きをする。足から腰、背中までを弓なりにゆっくりと反らして、柔らかくねじる。常に体をゆっくりと動かしている。これが怪我をしない秘訣だと言う。
凄まじい打球も、スーパープレーも、みんなこのしなやかな体から生まれる。
打球を好捕したときも、安打を打って塁に達したときも、イチローは起き上がるなり、体をしなやかに動かす。「俺の体、固くなるな」と念じているようだ。

④記録へのこだわり
イチロー自身は口にしないが、記録に対して凄まじいこだわりがあったのは間違いがない。
2004年「262安打」のときに見せた、終盤での異様なヒットストリーク、毎年の200安打への執念は、見ているものにひしひしと伝わった。
彼は、タイトルや表彰記録ではなく、自分で決めた「目標」に対して強くこだわっていたように思う。
「日米通算4000本安打」は、イチローの眼中になかった記録だろうが、珍しくそれを受け入れ、喜んだ。彼の「老い」を感じたものだ。
⑤含羞
マスコミが求めている「言葉」を易々と言わない、ファンが喜びそうな「パフォーマンス」をしない、これはMLBで成功した日本人選手に共通する部分だと思うが、イチローは特にその傾向が強い。
「俺は野球でみんなを楽しませている」という矜持がそうさせるのだろうが、同時に「受けようと思って何かをすることは、恥ずかしいことだ」というまともな神経がある。
恥を知り、はじらうことを知る人間なのだと思う。
そういうイチローが、時折見せるファンへの気遣いや、ちょっとした気配りがたまらなく格好いい。
⑥黄昏
2012年夏、イチローはヤンキースに移籍、シアトルのファンにユニフォームが変わった雄姿を見せた。笑顔はなく、悲痛な面持ちだった。
それはシアトルのファンに対する申し訳なさもあっただろうが、「こんなことになってしまった」という戸惑いが大きかったと思う。
オリックスでそうだったように、シアトルでもイチローは「もう何もやることがなくなった」という思いがあって、移籍したのだろう。その寂寥感が大きかったと思う。
今、レギュラーでなくなったイチローは、ベンチで時折寂しそうな表情を浮かべる。
「試合に出ること」が前提だった彼の野球人生で、初めて経験する辛さ、切なさだろう。
それは見るものに、もだしがたいものを感じさせるが、イチローはその境遇を黙って受け止めている。
走者がいる状況でイチローが右飛を取ると、アナウンサーは「レーザービームだ」と言うが、もはや彼の送球は山なりで、レーザービームではない。
側頭部の髪もずいぶん白くなり、体も心なしか少し小さくなったイチローは、今、精いっぱいプレーをしている。
イチローは老いも、衰えも、自らの弱い立場も、何も隠さずそのままさらけ出している。そして、懸命に生きることで、「滅びの美しさ」を体現している。
私はそんなイチローを最後まで凝視したいと思う。「イチロー・ロス」の大きさを予感しながら。
みなさんの「イチロー」「他の選手」への思い、コメントにお寄せください。数がまとまったら記事にします
↓
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①レーザービーム
野球の走攻守の中で、私が一番心ふるえるのは「守」だ。
特にイチローの肩は、何度見ても感動する。
飛球をグラブでキャッチするとその勢いのままに駆けながら、全体重を右肩に乗せるようにしてボールを「射出」する。
元気なころのイチローの送球は、山なりではなく直線。ノーバウンドで塁を守る野手に届く。
バックホームよりも距離が長い三塁送球の方が、鋭い送球が行く。およそ80mの距離を、棒のような太い軌道で145gの物体が高速で移動するのだ。
「レーザービーム」とは、この三塁送球に驚いたMLBのアナが名づけたものだ。
しかし、イチローの肩が一番すごかったのは、オリックス時代ではなかったか。
グリーンスタジアム神戸(今は「ほっともっとフィールド神戸」)で、右翼手イチローが三塁に投げたボールは、途中で一度ホップするように見えてダイレクトで馬場敏史のグラブに収まった。私は右翼席、イチローの後ろから見ていたが、その軌道が目に焼き付いた。
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しかしイチローは、どんな投球でも安打にした。すくい上げたり、叩きつけたり。
素早い反応で思いきり弾き返すかと思えば、人のいないところへ測ったようにボールを落とす。
イチローはバットで「自分に投じられたボールは、どんなコースのどんな球でも打ち返してよいのだ」と語っているかのようだった。
「ただし、ヒットに出来るのなら」。
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2004年のイチローはまさに魔法使いのようだった。

③しなやかさ
外野でも、打席でも、イチローは独特の動きをする。足から腰、背中までを弓なりにゆっくりと反らして、柔らかくねじる。常に体をゆっくりと動かしている。これが怪我をしない秘訣だと言う。
凄まじい打球も、スーパープレーも、みんなこのしなやかな体から生まれる。
打球を好捕したときも、安打を打って塁に達したときも、イチローは起き上がるなり、体をしなやかに動かす。「俺の体、固くなるな」と念じているようだ。

④記録へのこだわり
イチロー自身は口にしないが、記録に対して凄まじいこだわりがあったのは間違いがない。
2004年「262安打」のときに見せた、終盤での異様なヒットストリーク、毎年の200安打への執念は、見ているものにひしひしと伝わった。
彼は、タイトルや表彰記録ではなく、自分で決めた「目標」に対して強くこだわっていたように思う。
「日米通算4000本安打」は、イチローの眼中になかった記録だろうが、珍しくそれを受け入れ、喜んだ。彼の「老い」を感じたものだ。
⑤含羞
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「俺は野球でみんなを楽しませている」という矜持がそうさせるのだろうが、同時に「受けようと思って何かをすることは、恥ずかしいことだ」というまともな神経がある。
恥を知り、はじらうことを知る人間なのだと思う。
そういうイチローが、時折見せるファンへの気遣いや、ちょっとした気配りがたまらなく格好いい。
⑥黄昏
2012年夏、イチローはヤンキースに移籍、シアトルのファンにユニフォームが変わった雄姿を見せた。笑顔はなく、悲痛な面持ちだった。
それはシアトルのファンに対する申し訳なさもあっただろうが、「こんなことになってしまった」という戸惑いが大きかったと思う。
オリックスでそうだったように、シアトルでもイチローは「もう何もやることがなくなった」という思いがあって、移籍したのだろう。その寂寥感が大きかったと思う。
今、レギュラーでなくなったイチローは、ベンチで時折寂しそうな表情を浮かべる。
「試合に出ること」が前提だった彼の野球人生で、初めて経験する辛さ、切なさだろう。
それは見るものに、もだしがたいものを感じさせるが、イチローはその境遇を黙って受け止めている。
走者がいる状況でイチローが右飛を取ると、アナウンサーは「レーザービームだ」と言うが、もはや彼の送球は山なりで、レーザービームではない。
側頭部の髪もずいぶん白くなり、体も心なしか少し小さくなったイチローは、今、精いっぱいプレーをしている。
イチローは老いも、衰えも、自らの弱い立場も、何も隠さずそのままさらけ出している。そして、懸命に生きることで、「滅びの美しさ」を体現している。
私はそんなイチローを最後まで凝視したいと思う。「イチロー・ロス」の大きさを予感しながら。
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コメント
コメント一覧
ベーブルースの出現によって、野球の華がホームランになったことは有名な話です。そしてその傾向は現代までも続いています。
イチローは多くの記録を塗り替えましたが、シスラーの記録を初め多くが1900年代前半に作られた記録です。
よく思うのが、タイカッブやシスラーが現代に生きていたら、こんな選手になったのだろうなと。カッブやシスラーは古すぎて、映像がほとんどありませんが、イチローを観ることによって私は想像できるようになりました。そして1900年頃のスピードに溢れた野球に思いを馳せたり。タイカッブの有名な言葉に「50cm先に転がしたヒットと、50m先に飛ばしたヒット。この両方が同じヒット一本として扱われることは、野球のルールの最も素晴らしい部分である」というのがあります。この言葉ですが、イチローが守備位置を深く観察し、絶妙なバントヒットを決めた時に、「ああこのことか」と思いました。
クラシカル・ベースボールを現代に体現してくれた、この功績は数字以上に素晴らしいものだと私は考えます。
イチローのキャリアにおける唯一の欠点はワールドシリーズの制覇がないことだと思います。しかし、テッド・ウィリアムズやタイカッブもWS制覇はないまま引退しました。プレースタイルや、哲学、マスコミへの態度が似ているからか、イチローってこういう所も似ていると思うんですよね。イチローには悪いのですが、私はこのままWS経験がないまま引退も有りかなと思います。ずば抜けた個人成績ながら優勝とは無縁、という孤高な感じも私にはイチローの魅力なんです(笑)
余談になりますが、イチローと松井の比較はよくされますが、私は彼らはイチローがウィリアムズ、松井がディマジオという表現が一番相応しいと思います。
日本野球界の最高のスーパースター、それはONイチローです。
以前にもどこかでコメントしましたが、野球をまったく知らない女の子が、球場で見たイチローを「きれいな選手がいる」とつぶやいたことが強烈に印象に残っています。ゴロアウトに打ち取られ、ファーストを駆け抜けたときだったので、びっくりしました。
負け試合でも勝ち試合でもコツコツと安打するイチロー。それだけにチャンスやゲームを決める一打が少ない印象のイチロー。
でも、オリックスで日本一になった試合やWBCで苦しみながらセンター前を打った韓国戦ではやってくれました。シアトルで優勝させてあげたかった。それが残念でなりません。
私のお気に入りは、マリアノから打ったウォークオフ・ホーマーです。
ライト側の席だったのでイチロー選手ばかりを目で追っていました。
打球の早さや守備練習でのレーザービームには心震えました。
なんといってもオーラがすごいですね。
いちいち格好良く見えました。
一番印象的だったのは左中間に飛んだ打球を一歩も動かずにただ見ていたプレーです。
1歩くらいは動いてしまいそうなものですが動きませんでした。
良いプレーなのかはわかりませんが、印象的でした。
いろんな意見はあると思いますが、老いて足が使えなくなった時にどんな活躍をするのか観てみたいので1年でもながくプレーしてもらいたいです。
小学校の頃だったかと思いますが、毎朝起きるとすぐに朝刊の安打・打率欄を眺めていました。2安打以上だと嬉しくなり、1安打以下だと悲しくなる、そんな日のことを今でも覚えています(今では1安打でもホッとするようになってしまいましたが…)。
イチローの印象に残る名シーンを個人的な思いでランキングするなら、
1位 2004年の年間安打数の記録更新
2位 WBC決勝のタイムリー
3位 ASのランニングホームラン
です。あの、レーザービーム誕生のシーンや、忍者と評されたミラクルホームイン等も捨てがたいですが。
年間安打数の記録更新時のことは今でも覚えています。第1打席でシスラーの記録に並び、第2打席であっさり記録を更新しました。私は、市民会館でその達成を見守ったのですが、知らないおじさん・おばさんと大いに盛り上がりました。
あと自分も1番印象に残ってるのはマリアーノ・リベラからのWalk-Off 2ランですね。実況が「将来殿堂入り間違い無しの2人の対決です」と言った矢先の初球ホームランと、勝利を手にしたシニカルなフェリックスの子供のようなはしゃぎ方など全てが最高の瞬間でした。
但し、内野フライを打ったときを除いて・・・1点ウィークポイントがあるのがこれまた良いのですよねえ。
ですので私は、あえて別の視点で・・・^^;
わたしは、『愛妻家』、『愛犬家』のイチローの顔も好きです。
奥様の前では、まるで子供のような振る舞いをするイチローですが、事あるごとに奥様の魅力と、感謝の言葉を口にします。これはなかなかカッコいい事です。
また、愛犬の一弓くんに対しても、大きな愛を捧げている様子が伺えます。
グラウンドで見せる哲学者の顔と、プライベートでのやんちゃな顔。このギャップも魅力的です。
子供はみんなマネしてましたw
NPB時代のイチローはHRも多く圧倒的な存在でした
で、その代名詞振り子打法をMLBであっさり変えてしまうのが人並み外れた所ですよね
日米合算ですが通算4000本安打を超える選手の現役生活を最初から最後まで見れるのはまさにラッキーです
私は10回くらい試合を観に行きましたが、いつ行っても必ずイチローの姿がありました。球場に行けばいつでも見れる。当時は当たり前のように感じていましたが、それってプロスポーツ選手として最高のファンサービスですよね。
頑強な身体とそれを支える管理能力と徹底した準備。そして、使われ続けるためには結果を出し続けなければいけません。試合に出てこそ、プロ選手、試合に出てこそ記録を上積みできます。日本が生んだ最高のプロ野球選手であるイチローの魅力の一つに「球場に行けばいつでも見れる」を付け加えておいて下さい。
イチローとともに青春を送りました。私もイチローとともにいます。
ワシントン大学ですか?
そんな選手後にも先にもイチローだけです。
イチロー、サンキュー。
先日野村克也氏の出場試合数の記録を塗り替えたとき、「別に何とも思わない」という主旨の発言をしたと思います。プロの試合に出場することですら、本来はすごいことなのに、そこに至るまでの徹底した自己管理や努力を当然のように言い切ってしまう。
こういうところがやっぱりイチローだなって思いますよね。
当然のレベルがプロの中でも別格中の別格。
2012年BALとのプレーオフで1塁のジーターとエンドランを決め左中間を抜く打球で打点を上げたシーンがお気に入りです。
プロ野球史にはいくつかの時代の分岐点があると思いますが、「イチロー以前・以降」も、その1つに挙げられるのではないでしょうか。
人気面で後れを取っていたパ・リーグの発展の礎でもあり、MLBへの日本人野手の挑戦の端緒でもあります。
イチローがマリナーズ入りした年のスプリングトレーニング、力無いゴロが多く、ルー・ピネラが「そろそろ強い打球が見たい」とコメントしていたのを覚えています。
その様子を見たバイト先の社長が「イチローは通用するのか? これじゃダメだろう」とよく言っていたものです。
その社長も鬼籍に入り、私もそれなりに歳を取りました。
私はイチローよりもやや年下ですが、今でも毅然とプレーを続けるイチローを画面で見ると、言いたくなるのです。
頑張れ、イチロー。
私にとってのイチロー、鈴木 一朗の原点は、カレー好きの兄ちゃんです。
私は、学生時代をグリーンスタジア近くですごしまして、学食によくオリックス(ブルーウェーブ)の二軍選手が遅めの昼食に来ていました。その一人が鈴木一朗選手で、学食の普通のカレーを、美味しそうに食べていたのをよく覚えています。
神戸が復興していく中、その鈴木一朗がイチローとなり、安打記録を更新していく熱狂の中にいたことは、不思議な感覚があり、ちょっとした自慢でもあります。
ただ、その後一段飛ばしに凄い選手となっていくイチローは、もはや別次元のプレイヤーで、あまりにも遠い選手になってしまいました。
いまの私は、イチローの故郷に近い名古屋に赴任していますが、時折、昔のイチローの話を聞いたり、カレー好きのエピソードを聞くと嬉しくなります。
イチローがバットを置くとき。それは、とても寂しいことだと思いますが、私は、イチローが鈴木一朗に戻るときを少し楽しみにしています。