
朝からみなさんお疲れだと思うが、野球の話をしましょう。
今年は野球界に地殻変動が起こると思っている。侍ジャパンの展開は、穏やかではあるがその一つだと思う。
公式サイトをもとに最近の展開を一覧表にする。

まさに怒涛のような動きだ。
これまでの「侍ジャパン」は、電通と讀賣新聞が主導していた。そもそも「サムライジャパン」は、電通の平方彰氏のネーミングだ。


「侍ジャパン」は今後も電通のスポーツマーケティングの影響下にあることは間違いない。それは、電通と極めて良好な関係にある讀賣新聞の影響を強く受けると言うことでもある。
それを前提として「侍ジャパン」は今後何をするべきなのか、考えてみたい。
1)融合
サッカー界とは対照的に、野球界は組織やリーグが分立し、それぞれが対立してきた。
プロとアマ、セとパ、男子と女子、NPBとMLB日本人。
意地の張り合い、マーケットの取り合い、選手の取り合い。野球の歴史は小競り合いの歴史だ。野球人は権威主義的で、狭量で、非寛容。そして視野が狭いものと相場が決まっていた。
しかし、今回は「侍ジャパン」の名のもとに多くのカテゴリーを統合しようとしている。概念図。

これは画期的なことだ。
特にユースと女子の動きが活発だ。今、若い世代では圧倒的にサッカーが人気スポーツになっている。また人口の半分に当たる女子の競技者、ファンの獲得においても野球はサッカーに大きく後れを取っている。
今まで努力をしてこなかった部分に力こぶを入れているのだ。
遅ればせながらではあるが、野球をするすべての競技者が日の丸のもとに一つになるのは大切なことだと思う。
「侍ジャパン」の第一の目的は、歴史的経緯やさまざまな利害の対立を超えて、「日本の野球が一つになる」ことだと思う。
2)ビジネスモデル
率直に言えば、NPBには今、ビジネスモデルがない。
親会社の宣伝部門というモデルは、市場が飽和化し、そもそも「宣伝効果」の測定が難しくなってきたことで、陳腐化している。各球団は入場料収入やグッズ販売なども行ってはいるが、発展性がない。また市場はここ十数年全く広がっていない。
NPBの多くの親会社は「なぜ球団を保有しているのか」明確に説明できなくなっている。
「侍ジャパン」は“NPB13番目の球団”を目指している。
チケット販売、放映権ビジネス、マーチャンダイジング、スポンサードなどのビジネスを独自に展開し始めた。
恐らくMLBなどアメリカのスポーツビジネスを範としているのだろうが、これが一定の成功を収めれば、NPB各球団にも良い影響を与えることになろう。
率直に言って、NPBや各球団の現場レベルの人々の多くは、「今のままではだめだ」と言う認識がある。そして「新しいスポーツビジネスを展開すべきだ」と言うこともわかっている。
理解できていない、あるいは関心がないのは親会社から出向している幹部社員だけだ。
そういう頭の固い幹部に、実績を見せつけると言う点で、インパクトがあると思う。
「侍ジャパン」は、スポーツビジネス、マーケティングの成功事例となることで、NPB各球団に変革を促すだろう。
3)NPBの復権
こうした「侍ジャパン」の活動が、NPBの復権につながればと思う。
セパ両リーグに分立後、NPBは単なる「事務局」に成り下がっている。
コミッショナーは絶対的な権力者ということになっているが、先先代の根來コミッショナーが言ったように何の権限もない。球団の顔色を見ながら右往左往するだけの存在である。
公式戦の収入はNPBには一銭も懐に入らない。オールスター戦と日本シリーズの興行収入だけが財源だ。
NPBは、この中からプロ野球OBへの年金も支給していたが、2011年3月に制度を解散した。2005年にはNPBが主催してアジアシリーズが始まったが、これも2008年に投げ出してしまった。
NPBの存在意義は薄れていると言ってよいだろう。その原因は、幹部やスタッフの能力不足にもあっただろうが、経済基盤の脆弱さのために「何もできなかった」ことが大きい。
今回の「侍ジャパン」は、NPBの独自財源の柱になる可能性がある。いや、そうなるべきである。
残念なことに、この秋に予定されている「侍ジャパン」vs「MLB選抜」の収益の大部分は主催者である讀賣新聞に入るようだ。讀賣は長く日米野球を開催してきた。既得権益があるのだ。
この部分をしっかりクリアしないと「侍ジャパン」は、事業としては成り立たない。ポイントはここだ。
既得権益を打破しない限り、従来通り、他者のために働く「お人よし事業」になってしまう。
侍ジャパン事業部は、元ロッテの執行役員だった荒木重雄氏がトップ。その下に各球団で営業、スポーツマーケティングの実績を積んだ人材が出向してきている。
しかしNPB内では傍流の人々だ。そもそも荒木氏からしてNPBの正規職員ではない。NPB内では、発言力は強いとは言えない。
とはいえ「サムライジャパン」がめざましい実績を上げれば、硬い岩盤を少しずつ崩すことにもつながろう。
「内なる改革」は非常に厳しいとは思うが、希望を捨てずに見ていきたいと思う。
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これまでの「侍ジャパン」は、電通と讀賣新聞が主導していた。そもそも「サムライジャパン」は、電通の平方彰氏のネーミングだ。
「侍ジャパン」は今後も電通のスポーツマーケティングの影響下にあることは間違いない。それは、電通と極めて良好な関係にある讀賣新聞の影響を強く受けると言うことでもある。
それを前提として「侍ジャパン」は今後何をするべきなのか、考えてみたい。
1)融合
サッカー界とは対照的に、野球界は組織やリーグが分立し、それぞれが対立してきた。
プロとアマ、セとパ、男子と女子、NPBとMLB日本人。
意地の張り合い、マーケットの取り合い、選手の取り合い。野球の歴史は小競り合いの歴史だ。野球人は権威主義的で、狭量で、非寛容。そして視野が狭いものと相場が決まっていた。
しかし、今回は「侍ジャパン」の名のもとに多くのカテゴリーを統合しようとしている。概念図。

これは画期的なことだ。
特にユースと女子の動きが活発だ。今、若い世代では圧倒的にサッカーが人気スポーツになっている。また人口の半分に当たる女子の競技者、ファンの獲得においても野球はサッカーに大きく後れを取っている。
今まで努力をしてこなかった部分に力こぶを入れているのだ。
遅ればせながらではあるが、野球をするすべての競技者が日の丸のもとに一つになるのは大切なことだと思う。
「侍ジャパン」の第一の目的は、歴史的経緯やさまざまな利害の対立を超えて、「日本の野球が一つになる」ことだと思う。
2)ビジネスモデル
率直に言えば、NPBには今、ビジネスモデルがない。
親会社の宣伝部門というモデルは、市場が飽和化し、そもそも「宣伝効果」の測定が難しくなってきたことで、陳腐化している。各球団は入場料収入やグッズ販売なども行ってはいるが、発展性がない。また市場はここ十数年全く広がっていない。
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そういう頭の固い幹部に、実績を見せつけると言う点で、インパクトがあると思う。
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3)NPBの復権
こうした「侍ジャパン」の活動が、NPBの復権につながればと思う。
セパ両リーグに分立後、NPBは単なる「事務局」に成り下がっている。
コミッショナーは絶対的な権力者ということになっているが、先先代の根來コミッショナーが言ったように何の権限もない。球団の顔色を見ながら右往左往するだけの存在である。
公式戦の収入はNPBには一銭も懐に入らない。オールスター戦と日本シリーズの興行収入だけが財源だ。
NPBは、この中からプロ野球OBへの年金も支給していたが、2011年3月に制度を解散した。2005年にはNPBが主催してアジアシリーズが始まったが、これも2008年に投げ出してしまった。
NPBの存在意義は薄れていると言ってよいだろう。その原因は、幹部やスタッフの能力不足にもあっただろうが、経済基盤の脆弱さのために「何もできなかった」ことが大きい。
今回の「侍ジャパン」は、NPBの独自財源の柱になる可能性がある。いや、そうなるべきである。
残念なことに、この秋に予定されている「侍ジャパン」vs「MLB選抜」の収益の大部分は主催者である讀賣新聞に入るようだ。讀賣は長く日米野球を開催してきた。既得権益があるのだ。
この部分をしっかりクリアしないと「侍ジャパン」は、事業としては成り立たない。ポイントはここだ。
既得権益を打破しない限り、従来通り、他者のために働く「お人よし事業」になってしまう。
侍ジャパン事業部は、元ロッテの執行役員だった荒木重雄氏がトップ。その下に各球団で営業、スポーツマーケティングの実績を積んだ人材が出向してきている。
しかしNPB内では傍流の人々だ。そもそも荒木氏からしてNPBの正規職員ではない。NPB内では、発言力は強いとは言えない。
とはいえ「サムライジャパン」がめざましい実績を上げれば、硬い岩盤を少しずつ崩すことにもつながろう。
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コメント
コメント一覧
こんな風に「画期的な進歩」「新たな試み」と報じられてるうちは
野球界はまだまだだな…と、率直に言って思います。
言われること自体を恥ずかしいと思うべき、全野球関係者は。
従来バラバラだった国内球界を、1つにまとめる錦の御旗としては
侍ジャパンは最高のアイテムでしょうが、
すでに各所で冷笑を込めて突っ込まれてる通り
いかんせん野球は「世界の舞台」が狭すぎて
大々的な代表戦ビジネスもすぐには難しいのが現実でしょう。
ここは願わくは、数十年後の実りを目指して
OBによる各国への普及活動etc.を、その基本方針に加えてほしいですね。
野球の場合はそんな風に、自らライバルを育てる姿勢が必要では。
あともう1つ、この何度めかのW杯狂騒曲の中で思ったことですが
こんな風に、逃げ場のない日の丸一色の息苦しさを作り出すんじゃなく
もっと競技のリズムに合った余裕や落ち着き、
さらには「たかが…」で済ませられる選択の余地を
野球の代表戦には作ってほしいですね。
同感、たかがサッカーで敗けたくらいでみんな死にそうになる風潮は息が詰まります。
>たかがサッカーで敗けたくらいでみんな死にそうになる風潮は息が詰まります。
ご心配には及びません。野球に限って、そういうことはないとほぼ断言できます。
というのも、日本人にとっての「サッカーにおける日常」が、なぜか代表戦になってしまっているのに対して、野球に関してはNPBが長年の蓄積をもってきちんと「野球における日常」の役割を果たしているからです。
NPBのペナントレースが完全に終わるまで、野球ファンはWBCのことになど関心をもたないでしょう。それと同じことがサッカーの盛んな国では当たり前なのですが、この国ではそうではない。広告代理店とメディアの宣伝による錯覚によって「サッカー人気=代表人気」になってしまっているのです。国内のリーグ戦そっちのけで何か月も前からW杯の話ばかりを垂れ流す国は、そうはないでしょう。そういう風潮が、恐らく息苦しさを作っているのです。
もう一つ、普及活動については、より早い年齢における何らかの取り組みが必要だと感じます。
サッカー人気が子供たちに広がっている理由の一つに、競技開始年齢が早いということが挙げられます。早い子は幼稚園のサッカー教室などから始めることが多い。つまり「先手必勝」の状態なのです。
野球に関しては、体力的なことやルールの煩雑さなどもあって、現実に幼稚園でプレーするのは難しいでしょう。ラグビーにおけるタグラグビーや、バスケにおけるポートボールのような、より簡単な代替えスポーツの構築などを図り、地道に小さな子供たちに競技の楽しさを説いていくことが肝要だと思います。
先日、池井優先生が、アジア圏に柔らかいボール(実物を持って来られていました)を使って三角ベースのハンドベースボールを普及させようとしている日本人の話を紹介しておられました。
そういうプリミティブな野球の楽しみを普及させる取り組みがないと、今の子どもが大きくなったとき「野球の体の使い方」が分からない大人になるのでは、と危惧します。そうなってからファンになるのは難しいでしょう。
それでも野球がやりたくて仕方なかった、この国の子供たちが
自然発生的に考え出したものでしたね。
そんな「何がなんでもやってみたい」と思わせるワクワク感を
野球界全体で取り戻すことこそが、実は一番必要な気がします。
ジャンル全体が時流から外れている今、やるべきことはあまりに多いし
そのための道のりは長く、そして地道だと思いますね。
野球のようなものを初めてやったのは小学2年の頃だったと思います
正確にはキックベースでしたが
確かにサッカーは幼稚園・小学校低学年でも無理なく出来ますが
野球は難しいですよね
これは非常にいいことだと思う。
bunchousannさんが述べられているが、「日本代表>Jリーグ」のような考え方は好きではない。
侍ジャパンはNPBの横付けでいい。
侍ジャパンへの注文はひとつ。ユニホームを過去の五輪代表のデザインに戻して欲しい。今の変な縦縞、色調は「ブラックソックススキャンダル」を想起してしまう。
この展開において、ソフトボールはどう捉えられているんですかね?
オリンピック復帰のために野球とソフトは組んでいたと認識していたのですが
それとこれとは別の話という事になっているのでしょうか?
必ずしもオリンピック復帰が必要だとは思えませんが
ソフトボールの敷居の低さは野球にとっても魅力的なはずです。
一スポーツとして野球が発展するために、ソフトボールとの関係性は継続、発展させるべきだと思うのですが。
ソフトボールも当然含まれるはずです。