既に何度も書いたが、個人的に高校野球には抜きがたい不信感がある。だからなおさら高校野球の批判は慎重にしようと思うが、やはり日本の高校野球は異様なものだと思う。
くだくだしく書かないが、私の母校の私立高校は、甲子園での優勝経験があった。
野球部員は何かと特別扱いされ、有体に言えば「甘やかされていた」。中にはしっかりした考えの生徒もいたが、「野球さえ強ければ何でも許される」と思う者もいた。
そういう野球部員が、私たちが卒業した年に破廉恥な事件を起し、全国に名前が出たのだ。
ワイドショーが連日母校を取り上げた。
学校側はこの事態を深刻に受け止め、野球部を実質的に解体。以後、母校は単なる進学校になった。
当時の野球部長は私たちの社会科の先生だったが「君らが知っていたなら教えてほしかった」と言った。「自分の管理責任を棚に上げて何を言うのか、母校に泥を塗ったのはあんたじゃないか」と思った。

そういうこともあって、高校野球が純真だとか、教育的だとかは全く思えなくなった。
こうして野球のブログを書くようになってからも、日本の高校野球、さらには日本の学校スポーツの異様さは際立っていると思う。
その体質が日本のプロ、アマスポーツの体質に直結している。そして、限界を作ってしまっている。
また、「甲子園」という「国家行事」は、野球の発展に大きく寄与しているのは間違いないが、同時に「日本野球の限界」をも作ることになっている。

一昨日まで7回連続で取り上げた「改めて投手の酷使について考える」の続きにもなるが、高校野球の異常さは、日米の少年野球からプロへの階梯を見ると際立ってくる。
色の濃さは主に投手環境の「過酷さ」を表している。

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日本の少年野球には、アメリカからもたらされたリトルリーグ、リトルシニア、鶴岡一人が創設したボーイズリーグ、そして軟式野球がある。
かつてはいずれも過酷な練習を強いてきたが、今はある程度の健康管理がなされている。
その段階までは、日米での環境には大差はない。

しかし高校野球になると日本は他のどのレベルよりも厳しい環境になる(もちろん強豪校だけ)。大会で500球、700球と投げる投手が続出する。この3年間の酷使で野球を止める選手も多い。
アメリカではリーグ戦が基本で、試合数は年間50~70試合になるが、肩の酷使はあり得ない。

今の日本では、大学、社会人、プロ野球では、投手をめぐる環境はむしろ若干緩和される。
肩や身体の管理も強化される。

アメリカの大学野球では、最大で100試合程度をこなすことになる。肩の負担は厳重にチェックされるが。
そしてドラフトなどでプロに入るとマイナーリーグではシーズン144試合、つまりNPBと同じ程度をこなすことになる。
ここでの競争を経てMLBへ。
半年で162試合。中4日での過酷な環境での競争が待っているのだ。

田中はNPBからMLBに移籍したが、それによってNPBよりも過酷な環境でプレーすることになった。

こうして俯瞰しても、高校野球の異様さが分かるのではないだろうか。


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