最後に、戦前の旧日本領の学校の甲子園での戦績も見ておこう。

満州は、甲子園には、日本の租借権が設定されていた1921年から代表校を出している。
1932年には「満州国」建国、傀儡政権であり、実質的には日本領だった。選抜では選出されることが無かった。


学校別に、春、夏、総合の成績を出す。
グレー地は私立。

HS-Manshu


大連商は今の拓殖大学の前身である東洋協会満州支部が設立した。1926年には決勝まで進み、2-1で静岡中に敗れた。
この時のエースが「円城寺 あれがボールか 秋の空」の円城寺満。コーチに湯浅禎夫がいた。
この時期「大連商」と言う中国人が通う学校が別にあったが、甲子園に出たのは日本人の子弟向けの学校の方だ。
満州最強の学校と言って良い。

1921年から1940年まで連続で代表を出したが、他は甲子園で勝っていない。
他の学校もほとんどが日本人居留民のために設立した学校だ。


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