今夏の甲子園出場校の野球部員数の一覧。
グレー地は私立

100人を超す高校は14校。最多は福島県の聖光学院の162人。最小は静岡県の静岡高校と北北海道の武修館の38人。
今夏の甲子園に出場した50校の内私立は38校、公立は12校。
私立の平均は89.6人なのに対し、公立は55.4人だ。
100人を超す部員がいる公立高校はない。
野球部員は何人が適正なのかは定説があるわけではないが、ベンチ入り定員18人をすべて3年生だと仮定するなら、その3倍の54人であれば、高校生活3年間の間に全員がベンチに入ることができることになる。
公立校の平均55.4人はほぼこの数字に近い。私立の場合、約4割の生徒がスタンドで応援するだけで高校生活を終えることになる。
調べるのは難しいだろうが、私立高校の100人を超す野球部員の相当数は、野球留学生のはずだ。
前の記事でのべたように、私立は特待生制度も導入している。うがった見方をすれば、彼らエリートを養うために、お金を出して補欠に甘んじる生徒が必要なのだ、ともいえよう。
高校野球につきもののようになっている、生徒同士の暴力沙汰、いじめなどの粗暴なトラブルは、こうした「身分格差」が温床になっているように思える。
こうしてみると、高校野球をいびつなものにしているのは、私立高校だと言えそうだ。
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100人を超す部員がいる公立高校はない。
野球部員は何人が適正なのかは定説があるわけではないが、ベンチ入り定員18人をすべて3年生だと仮定するなら、その3倍の54人であれば、高校生活3年間の間に全員がベンチに入ることができることになる。
公立校の平均55.4人はほぼこの数字に近い。私立の場合、約4割の生徒がスタンドで応援するだけで高校生活を終えることになる。
調べるのは難しいだろうが、私立高校の100人を超す野球部員の相当数は、野球留学生のはずだ。
前の記事でのべたように、私立は特待生制度も導入している。うがった見方をすれば、彼らエリートを養うために、お金を出して補欠に甘んじる生徒が必要なのだ、ともいえよう。
高校野球につきもののようになっている、生徒同士の暴力沙汰、いじめなどの粗暴なトラブルは、こうした「身分格差」が温床になっているように思える。
こうしてみると、高校野球をいびつなものにしているのは、私立高校だと言えそうだ。
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コメント
コメント一覧
「意味のわからない高校野球らしさを高校野球やったことないような人達が勝手に求め出すからおかしくなる」
https://twitter.com/faridyu/status/501348485615333377
それで、智弁和歌山のこれまでの戦績ですから、少数精鋭制を採っても戦力的には十分やっていけるのではないかと個人的には思います。
>べンチ入り定員18人をすべて3年生だと仮定するなら、その3倍の54人であれば、高校生活3年間の間に全員がベンチに入ることができることになる。
スタメン9人がすべて3年生と仮定するならば、その3倍の27人であれば、すべての選手が試合に出ることができますね。
野球における実際の適正人数でいえば、本当はこれくらいなのではないかと思います。短期間に日程が詰め込まれているのが問題になっているだけで、プロのように年間100試合以上も公式戦をやるわけではないですし、しかも高校野球の公式戦はすべてトーナメントですから、へたすれば各大会1試合で終わってしまうこともあるわけです。
私はスポーツエリートでもなんでもないですから、そりゃあ語る資格はないのかもしれませんが、補欠のみじめさはある程度理解しているつもりですよ。中学時代、バレーボールをやっていましたが、私は身長がある程度あったので、幸いにしてベンチには入ることができました。
しかし、たった6人でやるバレーボールにおいて、私の代は同じ学年だけで20人以上もおり、当然、ベンチにも入れない選手が大量に出てくるわけです。しかも学年が上がれば下からの突き上げもありますから、実際に同じ学年だけでレギュラーが固まるなんてこともない。
もちろん、いくらでも逃げようがある、公立のいち中学校の部活と、「逃げ場のない」私立高校のスポーツ特待生を同列には語れませんが、子供心に違和感を覚えていたことだけは言っておきたいものです。
中学まで野球だった大相撲の元関脇栃乃和歌関は、入部希望者がピークの頃で、あの尾藤監督から相撲部を勧められたそうです。
ダルビッシュ発言、妙に納得感を感じます。
自分の美学や理想論を押し付けがちなのは、往々にして未経験者だから。
為末大氏の発言、善悪の判断がはっきりしている人の正義感は怖い、と併せてかみしめたい言葉です。
全く同感です。補欠や裏方が美しいというのも、そうではないでしょうか。
やはりここでいう補欠の人達が参加できるような大会の整備が必要です。
パッと思い付くのはNPB球団が自前でユースチームを持って公式戦を行うことですが、難しいでしょうね・・・
私も、補欠や裏方を自己犠牲でやっているから美しい、とは考えていません。
ただし、若者が自分の意思で決めた補欠や裏方での役割まで否定するのは酷だと思うのです。
高校卒業で野球を辞める若者にとって、甲子園に出たチームの裏方と、都道府県大会一回戦負けするチームのレギュラー、どちらが人生の宝になるかと聞けば、意見は割れるはず。
それだけ、甲子園と高校野球の存在が大きくなってしまったのが問題なわけですけどね。
マネージャー志望だったのならともかく、自分の意志で補欠や裏方を決めるなんてありえないでしょう。
仕方なくそれを選んだだけです。十代で夢をあきらめて、そういう選択をするのはかわいそうだと思います。
それを素晴らしいことのように言うのは、単なる気休めでしょう。本人は嬉しくないはずです。
「人生の宝」なんて言葉、真剣な議論の場でいうべき言葉ではないと思います。単なる感傷ではないですか。
誤解してほしくないのですが、競争に負けて裏方になることは恥ずかしいことでもないし、卑下すべきことでもない。そういう人だって素晴らしい人生を送ることが当然できます。
でも、選手になりたかった若者が、なれないのは挫折です。残念なことだし可哀そうです。
大人なら、安っぽい気休めでお茶を濁すのではなく、少しでも多くの機会を与えることができるよう、世の中を変えていくべきです。
予選1回戦から甲子園決勝まで1人で全部投げたことを語っているのですがその中で
「大体予選の2回戦3回戦では寄付金が多い家の子を投げさせるんやけど」
と言っているんですね。こういうのもあるのかと思い知りましたw
金村は赤貧洗うが如しでしたから。彼は特待生で救われた口です。
未成年の挫折感って、全て悪い事ばかりですか?
私は、甲子園に比べたら小さい話ですが、大昔行きたい高校に落ち、行きたい大学も浪人再挑戦でやっと入学しました。
これは挫折感だし、苦い思い出だけれど、そこを乗り切って今があると胸を張れるし、かわいそうなんて同情は不要です。
それは置いておいて、サッカーでセルジオ氏が提言していた、何チームでも作れるという話、一理ありますね。
実戦経験の大事さへの考えは同じ。
しかし、毎年数十人入部する球児は、皆一番上のAチームに入り、最高の舞台の甲子園に出るのを目標にしています。
実戦経験は得られても、Aチームに入れずBチーム以下のチームにされたら、それだって挫折になっちゃいませんか?
甲子園大会を目指してきて、格の落ちる大会に出ることで、挫折感がゼロになるとでも主張したいのですか?
甲子園大会が、都道府県対抗戦、学校別対抗戦である以上、大会システムを固定する以上、ただ変えたいは無理な話です。
タイブレーク方式導入にも反対が大きい現状で、一校複数チームは受け入れられるとは思えませんね。
学校の方は野球やらせまくることが教育とでもいうんでしょうけど、不祥事があっちこっちで起きるようじゃ賛同出来ませんね。
もちろん、自分はそういう広尾さんのブログがたまらなく面白いから、毎日のようにアクセスしているわけですが。
ブログと言うのは、どんどん言葉が先鋭化していくものだと言うことは痛感しています。
そこまで書かなくてもと言う気もするのですが、書かないと伝わらないと言う感覚もあります。
旗色鮮明を求められると言い直しても良いですが、難しいところです。