2014年08月30日 401奪三振、1968年の江夏豊は何球投げたか クラシックSTATS鑑賞で、たばともさんが、我々が久しく知りたかったデータをまた紹介している。 1968年江夏豊、全登板成績 この年の江夏は何球投げたか?実際に見に行っていただきたい。PAPを調べたが、この年の江夏は405万ポイント。空恐ろしい。 49試合の中には驚異的な投坂もある。じっくりご覧いただきたい。 カテゴリなしの他の記事 < 前の記事次の記事 > コメント コメント一覧 kazk 2014年08月30日 11:56 恐ろしいことに69年も江夏は200万オーバーです。 昔から球数を平気で投げる投手でしたが恐ろしい数字です。小生はこの頃から江夏を知ってますが今と違って後ろに強い投手がいませんでしたから、江夏が投げれば負けない限りはほぼ8回くらいまでは行くという印象でした。 PAPという数字の意味があるかないかは正直こういう数字を見ると疑問なのですが、61年の稲尾や米田の数値を見ると存外に低い値が並びます(といっても十分に高いですが)。案外省エネを心がけていたのかとも思います。 メジャーの昔の投手はどうかと思うので調べてみましたが例えば1962年のドライスデールが76万オーバーでした。新しいところではカート・シリングの1998年が55万オーバー。この辺りがどうも基準みたいな気がします。 どうもPAPなんて数字が出てから気にしだしたんじゃなかろうかという気がします。 これらの投手は障害にそう大きな故障をせずに投手生命を送ったのですよね(血行障害は普通の故障とは違う気がします)。 ドライスデールの頃から比べれば投手の環境はどう変わったか、打力との兼ね合いは・・・といった個別の事情をもっと調べなけりゃあいけないなあと思うものです。 duples 2014年08月31日 11:07 200球投げた試合までありますねえ。150球オーバーも6試合。 さすがに200球の時は中4日をとっており、当時としてもある程度の配慮はされていたように見えます。 特にシーズン終盤の酷使がひどいですね。9月に2回あった巨人戦では、3連戦のうちそれぞれ2回江夏が先発している。この年、阪神は2位につけて巨人と優勝を争っていたので、何がなんでも勝つためにこういう起用になったのでしょう。そういうのが情緒的に許された時代でもありました。 それにしても防御率2.13でありながら、12敗もしているのが驚きです。うち7敗が後半戦に集中しており、酷使の影響で徐々に投球の質が下がっていった事が見てとれます。 また当時の阪神は貧打のチームであり、打率10傑には誰もランクインせず、ベストナインに入ったのは投手の江夏だけ。内野のベストナインはすべて巨人の選手であり、強大なV9巨人に江夏が孤軍奮闘していた状況が分かります。 たばともさんの表によれば、HQSを達成しながらの負けが4度、QSを達成しながらの負けが3度。このデータが江夏の苦闘を物語っていますね。 田中将大のような勝利記録というのは、打線の援護があって初めて成り立つものだ、ということを痛感します。 ちなみに、江夏に次ぐ防御率2.19だったバッキーは13勝14敗と負け越してしまっています。 コメントフォーム 名前 コメント 記事の評価 リセット リセット 顔 星 情報を記憶 コメントを投稿する トラックバック
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昔から球数を平気で投げる投手でしたが恐ろしい数字です。小生はこの頃から江夏を知ってますが今と違って後ろに強い投手がいませんでしたから、江夏が投げれば負けない限りはほぼ8回くらいまでは行くという印象でした。
PAPという数字の意味があるかないかは正直こういう数字を見ると疑問なのですが、61年の稲尾や米田の数値を見ると存外に低い値が並びます(といっても十分に高いですが)。案外省エネを心がけていたのかとも思います。
メジャーの昔の投手はどうかと思うので調べてみましたが例えば1962年のドライスデールが76万オーバーでした。新しいところではカート・シリングの1998年が55万オーバー。この辺りがどうも基準みたいな気がします。
どうもPAPなんて数字が出てから気にしだしたんじゃなかろうかという気がします。
これらの投手は障害にそう大きな故障をせずに投手生命を送ったのですよね(血行障害は普通の故障とは違う気がします)。
ドライスデールの頃から比べれば投手の環境はどう変わったか、打力との兼ね合いは・・・といった個別の事情をもっと調べなけりゃあいけないなあと思うものです。
さすがに200球の時は中4日をとっており、当時としてもある程度の配慮はされていたように見えます。
特にシーズン終盤の酷使がひどいですね。9月に2回あった巨人戦では、3連戦のうちそれぞれ2回江夏が先発している。この年、阪神は2位につけて巨人と優勝を争っていたので、何がなんでも勝つためにこういう起用になったのでしょう。そういうのが情緒的に許された時代でもありました。
それにしても防御率2.13でありながら、12敗もしているのが驚きです。うち7敗が後半戦に集中しており、酷使の影響で徐々に投球の質が下がっていった事が見てとれます。
また当時の阪神は貧打のチームであり、打率10傑には誰もランクインせず、ベストナインに入ったのは投手の江夏だけ。内野のベストナインはすべて巨人の選手であり、強大なV9巨人に江夏が孤軍奮闘していた状況が分かります。
たばともさんの表によれば、HQSを達成しながらの負けが4度、QSを達成しながらの負けが3度。このデータが江夏の苦闘を物語っていますね。
田中将大のような勝利記録というのは、打線の援護があって初めて成り立つものだ、ということを痛感します。
ちなみに、江夏に次ぐ防御率2.19だったバッキーは13勝14敗と負け越してしまっています。