「野球の記録」のサイトをやっているが、私は「記録のための記録」を認めたくない。例えば「連続試合出場」のような。つまり指導者と選手が結託すれば、実力如何にかかわらず更新できるような記録だ。
山本昌の記録も一見そんな感じがするが、そうではない。立派な記録である。
最年長勝利投手の記録は浜崎真二(1901-1981)が持っていた。
キャリアSTATS

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この人はプロ野球には間に合わなかった世代の選手だ。選手としては岡田源三郎(1896-1977)に次ぐ高齢。
最古のプロ野球選手と言われる山本栄一郎とほぼ同世代。
しかも戦後になってプロ野球入り。阪急の監督だったが、選手も兼任した。すでに45歳になっていた。
47年、48年の記録を見ると、浜崎は必要に駆られて登板したことがわかる。天保義夫、今西錬太郎、野口二郎といった主戦投手がいるにはいたが、1947年の阪急の投手は浜崎を入れても7人。これで119試合を戦ったのだ。投手の絶対数が足りず、投手を休ませるために敗戦処理や谷間の先発を買って出たのだ。当時数少ない左腕だったことも大きかったのではないか。
浜崎は1947年は9月、10月。48年は7月~11月まで投げた。1か月くらい登板間隔があいた時期もあり、体調が良いときにマウンドに上がったことがわかる。

ちなみに浜崎は、弟の忠治とともに日本プロ野球史上最も短身の選手(156cm)。記録を見ると異様に三振が少ない。恐らくハエのとまるような球を投げたのだろう。

しかし2リーグ分立後の1950年11月5日毎日戦の最年長出場、登板記録は、明らかに「記録のための記録」だったと思われる。
この試合では1歳下の毎日湯浅禎夫監督も投げており、明らかに指導者と選手が結託して作った記録だった。阪急は首位毎日から28ゲームも離され、明らかな消化試合。

山本昌は浜崎とは全く違うキャリアの投手だ。

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現役唯一の、そして恐らくは野球のスタイルが変わらない限り、最後の200勝投手だ。
キャリアは27年。
ここ4年で9勝しか挙げていない。「主戦力」とは言い難いが、昨日の試合は64年前、浜崎真二が投げた試合とは明らかに違っていた。
まず、中日は20試合を残してポストシーズン進出圏内の3位まで8ゲーム差。厳しい状況だが、まだあきらめるには早い。
そして相手の阪神は、首位巨人を3差で追いかけていた。
「消化試合」ではなかったのだ。

山本昌は、スポット的ではあったが強敵に十分に通用する投手として起用されたのだ。谷繁監督がマスクをかぶれば、バッテリー合わせて91歳と言う珍記録が生まれるところだったが、そういう記録は狙わずに、小田幸平と組ませたことでもこの試合が「真剣勝負」だったことをうかがわせる。

そして山本昌はその起用に応えた。
あのワイルドな投げ方で、5回5被安打1与四球2奪三振で零封。阪神を退けた。

確かに山本昌のモチベーションは「最年長記録の更新」にあるとは思うが、昨日の記録は「記録のための記録」ではない。

たゆまぬ節制と先進の調整法と驚異的な気力によって達成された、偉業だと思う。
長寿化が進むプロ野球界を象徴する記録。「選手の酷使」とは対極をなす記録だと思う。


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