歴史に残る空前の大豊作年、1968年ドラフトの記録。
通算安打=Hと通算勝利数=W そしてH=1ポイント、W=10ポイント、セーブ=5ポイントでチームごと、リーグごとのポイントをつけた。グレー地は入団拒否。えんじ色は移籍。移籍後の記録は嵩んしていない。ただし元のチームに復帰した時はその数字も加算。
要するにドラフトで獲得した選手が、直接的にどれだけ貢献したかを数値化。

1968


この年のドラフトで巨人が断トツの“一人負け”をしたことで、この球団のスカウト陣の評価が下落した。一目瞭然、この年の巨人入団者の最多安打は他球団での安打を含めても梅田邦三の279本に過ぎない。
中日は星野仙一に大島康徳、島谷金二。水谷則博はロッテで108勝したから、この年の中日のドラフトは極めて成功率が高かった。
広島は、球団史上最高の打者山本浩司に74年の優勝の中核となると水沼四郎。
サンケイは、慶應から全鐘紡で活躍した藤原が期待外れ、しかし彼は東映で12勝している。また安木祥二は貴重な中継ぎとして太平洋、ロッテ、中日で合わせて24勝している。
大洋の野村収は史上初の全12球団からの勝利投手。ロッテ、日ハム、大洋、阪神で合わせて69勝している。

パリーグの方が収穫はすごかった。
南海は法政の富田、のち巨人日ハム、近大の藤原満。名内野手が二人入団。
東映は阪急に移籍して活躍した名ショートの大橋に、金田正一の弟留広。
西鉄は西武時代まで活躍した東尾修と太田卓司。
そして空前の成果を上げたのは阪急。山田久志、加藤秀司、福本豊と球史に残る大選手を3人も獲得。ドラフト史上でここまでの成功をおさめたのはまずない。
東京も近大の有藤を獲得。広瀬は中日で活躍。陸上のトップアスリートだった飯島秀雄の入団も話題となった。飯塚佳寛は一時大洋に移ってまた復帰した。
近鉄は、中継ぎの芝池、日本ハムでもプレーした服部。

この年入団の選手が、V9後の球界地図を変えていくのだ。

この世代からセーブの数字がだんだん大きくなり、勝利数が減っていく。

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1968年小川健太郎、全登板成績



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