PL学園、来季の野球部生徒の募集を中止。ショッキングなニュースだ。朝日新聞は昨日の夕刊の一面だった。

この問題には、学園の事情と、高校野球が持つ「体質」という、二つの側面がある。

PL学園は、パーフェクト リバティー教団と言う新興宗教の教団を母体としている。この教団は1916年に立教している。
明治維新後に立教した多くの新興宗教は、戦時中は軍部、国家の弾圧を受けたが、戦後、既存宗教の衰退や社会の混乱などを追い風として急速に勢力を増した。
多くの教団が信者から巨額の布施を集め、巨大な宗教施設を立てた。
PL教団も九州など本拠を移転したのちに、大阪府富田林に尖塔を立て、巨大な本部施設を建設した。
そして多くの教団は、信者の第2世代を育てるために教育機関を設立した。

それは、戦前まで異端と見なされがちだった新興宗教にとって、社会的認知を進める方策でもあった。
新興宗教系の教育機関は、スポーツの世界で活躍することで校名(多くは教団名と同じ)を全国に高め、生徒数を増やし、信者のすそ野を広げた。そして既存の社会に受け入れられる下地を作った。
高校野球は最も大きなアマチュアスポーツイベントの一つであり、ここで名を上げることは、教団の隆盛に直接つながっていた。

PL学園はその代表格。それ以外にも天理高校や智辯学園、創価高校などが同様の展開を行った。

しかし戦後半世紀を過ぎる頃から、新興宗教は頭打ちなった。多くの教団は地方から都会へ流入した人々、低所得者層を対象とし「貧困からの脱却」と言う現世利益を最大の売りとして教勢を伸ばした。
日本が経済大国になるとともにこの「布教モデル」は時代遅れになった。
また、信者の次世代の中には教義に縛られることや、年収の相当部分を教団に喜捨させられることに抵抗感を抱き、入信を拒む層も増えてきた。

さらに、オウム真理教や幸福の科学など、現代の若者層を捉える「新新興宗教」が台頭し、旧来の新興宗教から信者を奪うようになった。

創価学会や天理教、そしてPL教団も信者の高齢化、布教の頭打ち、そして教勢の衰えに直面している。

PL学園と言えば甲子園での人文字が有名だったが、今はそれができなくなっている。少子化の進展で子どもの数が減ったうえに、教団の勢いもなくなり、多くの生徒を集めることができなくなっているのだ。

今回の事件は、PL学園が「高校野球を通じた教勢の拡大」という“ビジネスモデル”を放棄したことを意味している。
そのこと自体は新興宗教全般が置かれた「一般的な環境変化」によるものと言えるが、PL教団が硬式野球部に「見切りをつけた」のは、その度重なる不祥事が、教団にも悪いイメージを与えかねないと断じたからだろう。

PL学園は、2001年の暴行事件によって半年間の出場停止処分を受けている。
2008年には暴力事件が起こり監督が辞任、2011年には生徒の不祥事で出場停止、2013年にはまた暴力事件が起こり、対外試合禁止処分。

ここまで立て続けに不祥事が起こると、教団にも悪影響を与えかねない。
「人々の幸福」のために存在しているはずの宗教団体が運営する学校が、陰湿な事件を繰り返し起こしている、という事実は、教団が立教の精神を忘れて世俗化し、劣化していると受け取られかねない。

高校野球部は「PLの花火」とならぶ最大の「広告塔」ではあったが、教勢の衰えに拍車をかけかねない不祥事の連続の前に、断を下さざるを得なかったのだろう。

以下続く


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