イチローのMLBのキャリアを打順別に見てみよう。
年度別の先発打順の推移。

イチローは出場試合の80.5%でトップバッターとして先発している。
2011年までに限ればその比率は98%にまで高まる。
シアトル・マリナーズ時代は、ほぼ1番。監督によってはイチローが長打を打つ能力もあると考えて3番に据えることもあったが、それは極めて例外的だった。
イチローの役どころを象徴的に表現すればこうなる。
審判の「プレーボール!」の声が終わらないうちに初球をたたいて一塁に進み、2球目で二塁へ、3球目で三塁へ。そして二番打者の凡打の間に本塁に帰ってくる。
単に出塁するだけでなく、迅速に塁を回って帰ってくる。単なる1点ではなく、相手の出鼻をくじくダメージを与える打者。流れを自軍に引き寄せる打者。
四球を選ばず早打ちだったのも、盗塁成功率が非常に高かったのも「数字」を超えた「一番打者のインパクト」を追求したからではないか。
やはりイチローは「一番打者」だったのだ。
2012年以降、イチローは下位を打つことが多くなった。それだけでなく打順を固定されないようになった。
下位打線と言っても役どころは様々だ。5番は塁に走者が残っていればクリンナップしなければならない。6番はそれに加えて起点になる必要がある。7,8番はつなぐ役割が重要視される。9番は1番に近い役割も求められる。
打順を固定されなかったことでイチローは自らの役どころを見失った可能性が高い。
キャリアでの打順別の打撃成績。途中出場の数字も含む。

8番での成績が良いが、打数も少なく、偶然の要素が強い。※=1番以外の成績と1番の成績を比べれば一目瞭然。
やはり1番での成績がイチロー本来の成績だと言えよう。
言い方を変えればイチローは1番以外の役どころでのスタイルを確立しないままプレーをしてきたということが言えよう。
また毎日打順が変わり、スタメンさえ保障されていないような状況が、イチローのモチベーションやコンディション維持に影響を与えてもいよう。
きどくな球団があって、「来季の1番はイチローに固定する」と宣言すれば、イチローはかつての輝きを取り戻す可能性はある。
しかし、それは現実的ではない話だ。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
1973年江夏豊、全登板成績
広尾晃、3冊目の本が出ました。



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2011年までに限ればその比率は98%にまで高まる。
シアトル・マリナーズ時代は、ほぼ1番。監督によってはイチローが長打を打つ能力もあると考えて3番に据えることもあったが、それは極めて例外的だった。
イチローの役どころを象徴的に表現すればこうなる。
審判の「プレーボール!」の声が終わらないうちに初球をたたいて一塁に進み、2球目で二塁へ、3球目で三塁へ。そして二番打者の凡打の間に本塁に帰ってくる。
単に出塁するだけでなく、迅速に塁を回って帰ってくる。単なる1点ではなく、相手の出鼻をくじくダメージを与える打者。流れを自軍に引き寄せる打者。
四球を選ばず早打ちだったのも、盗塁成功率が非常に高かったのも「数字」を超えた「一番打者のインパクト」を追求したからではないか。
やはりイチローは「一番打者」だったのだ。
2012年以降、イチローは下位を打つことが多くなった。それだけでなく打順を固定されないようになった。
下位打線と言っても役どころは様々だ。5番は塁に走者が残っていればクリンナップしなければならない。6番はそれに加えて起点になる必要がある。7,8番はつなぐ役割が重要視される。9番は1番に近い役割も求められる。
打順を固定されなかったことでイチローは自らの役どころを見失った可能性が高い。
キャリアでの打順別の打撃成績。途中出場の数字も含む。

8番での成績が良いが、打数も少なく、偶然の要素が強い。※=1番以外の成績と1番の成績を比べれば一目瞭然。
やはり1番での成績がイチロー本来の成績だと言えよう。
言い方を変えればイチローは1番以外の役どころでのスタイルを確立しないままプレーをしてきたということが言えよう。
また毎日打順が変わり、スタメンさえ保障されていないような状況が、イチローのモチベーションやコンディション維持に影響を与えてもいよう。
きどくな球団があって、「来季の1番はイチローに固定する」と宣言すれば、イチローはかつての輝きを取り戻す可能性はある。
しかし、それは現実的ではない話だ。
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広尾晃、3冊目の本が出ました。
コメント
コメント一覧
自軍の攻撃の一番最初に「イチロー!」のコールが上がり、スタジアムのいつも通りの期待とともに、その期待にいつも通りに応える選手…
これがイチローの真骨頂だったのですね。
その前に、2011年出塁率が.307なのですし、次の年は(移籍前は)更に悪かったのですから、そもそも可能性は無かったともいえる。
それにしても、ヤンキースに移籍しようと思ったのは、チャンピオンになって、更に活躍して松井より上になると思ったのでしょうが、チャンピオンになれなかった上に、日本人選手としては松井はおろか黒田より下になってしまった(田中の活躍次第では更に下になるし、向こうでは伊良部より下の扱い)。
つくづくイチローにとって、あの時の願望は悪魔の囁きだった。