西崎、阿波野と人気選手が出たが、特にパは不作と言って良いのではないか。長寿選手が多く出た年でもある。
通算安打=Hと通算勝利数=W セーブ=S、そしてH=1ポイント、W=10ポイント、S=5ポイントでチームごと、リーグごとのポイントをつけた。グレー地は入団拒否。えんじ色は移籍。移籍後の記録は加算していない。ただし元のチームに復帰した時はその数字も加算。
要するにドラフトで獲得した選手が、直接的にどれだけ貢献したかを数値化。

巨人は今日、日ハムのGM補佐に就任した木田優夫が1位。セパ両リーグ、MLB,独立リーグととにかく長く野球をやった。高田誠はオリックスで短期間正捕手となり226安打。勝呂もオリックス近鉄で258安打。緒方は盗塁王2度。
中日は高卒初登板ノーヒットノーランの近藤。この試合はテレビで見て興奮した。以後はしりすぼみ。今年息子がドラフト指名された。2位に山﨑がいた。屈指のスラッガーとして昨年まで25年間現役を通した。
阪神は、先発、中継ぎで活躍した猪俣と代打の神様ヤギも出たが、他は鳴かず飛ばず。
広島の3位にこのたび広島監督に就任した緒方。巨人の緒方と非常に紛らわしい。望月は救援投手として活躍。
ヤクルトは一意の西岡剛が期待を裏切る。同姓同名の野手とは別人。しぶとい打撃の土橋、ギャオスこと内藤、捕手上がりの俊足選手飯田とレギュラークラスが3人出る。
大洋のデニー友利、西武で15勝22セーブ。MLBにも挑戦するが果たせず。今は指導者として実績を積む。
南海は全くの不作。右田雅彦はロッテ投手の一彦の弟。
日本ハムはアイドル的な人気で、阿波野と人気を二分した西崎。のちに西武で救援投手に転じ20セーブ。他は伸びず。
西武は森山が先発投手として11勝したがあとは不作。
阪急はダイエー、ヤクルト、ロッテでも21勝1セーブ、41歳まで投げた高木。そして日本ハムで今も形式上は現役の中嶋。実質的にはブルペン捕手に近い。そして4位に、屈指の長打力を誇った藤井康雄が出た。
ロッテは控え捕手の青柳、代打が多かった佐藤幸彦。
近鉄は阿波野。盛りは短かったが、その人気は太田幸司を思わせた。あとは足の速い真喜志。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
1973年清俊彦、全登板成績
広尾晃、3冊目の本が出ました。


要するにドラフトで獲得した選手が、直接的にどれだけ貢献したかを数値化。

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中日は高卒初登板ノーヒットノーランの近藤。この試合はテレビで見て興奮した。以後はしりすぼみ。今年息子がドラフト指名された。2位に山﨑がいた。屈指のスラッガーとして昨年まで25年間現役を通した。
阪神は、先発、中継ぎで活躍した猪俣と代打の神様ヤギも出たが、他は鳴かず飛ばず。
広島の3位にこのたび広島監督に就任した緒方。巨人の緒方と非常に紛らわしい。望月は救援投手として活躍。
ヤクルトは一意の西岡剛が期待を裏切る。同姓同名の野手とは別人。しぶとい打撃の土橋、ギャオスこと内藤、捕手上がりの俊足選手飯田とレギュラークラスが3人出る。
大洋のデニー友利、西武で15勝22セーブ。MLBにも挑戦するが果たせず。今は指導者として実績を積む。
南海は全くの不作。右田雅彦はロッテ投手の一彦の弟。
日本ハムはアイドル的な人気で、阿波野と人気を二分した西崎。のちに西武で救援投手に転じ20セーブ。他は伸びず。
西武は森山が先発投手として11勝したがあとは不作。
阪急はダイエー、ヤクルト、ロッテでも21勝1セーブ、41歳まで投げた高木。そして日本ハムで今も形式上は現役の中嶋。実質的にはブルペン捕手に近い。そして4位に、屈指の長打力を誇った藤井康雄が出た。
ロッテは控え捕手の青柳、代打が多かった佐藤幸彦。
近鉄は阿波野。盛りは短かったが、その人気は太田幸司を思わせた。あとは足の速い真喜志。
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広尾晃、3冊目の本が出ました。
コメント
コメント一覧
>阪神は、先発、中継ぎで活躍した猪俣が出たが、2位以下は鳴かず飛ばず。
3位の神様八木をお忘れでは?
修正しました。
とにかく惜しい負けがあったんですよね。
これはいい投手になるなと思ったんですが、結果未勝利でした。
2人の緒方こういちさんは、指名の連絡等で混乱は無かったのでしょうか。
電話しか無い時代ですし・・・
ロッテ1位の関は10.19で最後に羽田がゲッツー打った時の投手、
としか印象が無いですね。
「東都のドクターK」というふれこみで凄いワクワクしたんですが。
ある意味注目をさらったのはなんといっても森山でしょう。
ONOフーズとかいう会社に入れて他球団のスカウト網から隠し、
いきなり指名する根本マジック炸裂といった感じでした。
私は当時、そういう実業団があるのかと信じておりましたw
あと、選手名は入団時のだったり改名後だったりバラバラなような気がするのですが・・・
(今回だと広島緒方が改名後で望月は本名)
阿波野は「在京希望で、できれば大洋行きたい。」がかなわず近鉄、会見では涙を流し、スカウトづてで貰った「当たりくじ」を帰宅後に破り捨てたそうです。
しかし、運命とは不思議なもので後年巨人・横浜と入団時に指名した全球団に在籍することになりました。
西崎は地方大学リーグでのスーパーエースからのプロ入り、阿波野と共にパリーグに行ったことが人気はセリーグ一辺倒だった野球界のバランスが変わるきっかけになったように思います。
娘2人が芸能界入りしてアイドルになったのにはある意味納得でした。
阿波野外した大洋は友利、巨人は木田と、開花に時間はかかったものの、なんとか実績を残しました、
今年は木田が引退し、巨人2位でずっと原監督の側近だった水沢氏が死去、時の流れを感じました。
同じ九州、同じ野手、高校名を読み上げられるまで両人ともハラハラだったのではと推測します。
2人とも端正な顔立ちまで同じだったのには、もはや共通点に笑いました。
ちなみに巨人の「耕一」の方が早々とデビューして盗塁王2回の活躍をしたものの、度重なる怪我、特に腰が悪くなり早期で出番が減り、変わるように広島の「孝市」が出てきて三拍子そろった選手として野球界のスターになりました。
大洋2位の石井章夫捕手は、あの芸能人「ラサール石井」ではなくて、後年西武に入った石井貴の兄ですね。
章夫氏は、桐蔭学園~慶應というまぎれもない野球エリートだったものの母子家庭で2人兄弟であるという環境から「危ない橋は渡れない」と母と弟が同席のスカウトの前で話してプロを断った、というのを西武で現役だった弟が回想してました。
確か東京ガスに入社し、最終的に監督になったはず。
この年の番外編は、広島1位の栗田に広島4位の望月と、引退後に理学療法士になったのが同球団で2人も出たことです。
栗田は兵庫県明石高校で楽天のトップ三木谷浩史と同級生、しかも小学校では同じ少年野球チームだったとか。
彼が、プロ野球OB初の理学療法士です。
望月というと、登録名の改名が多かったことも印象深いのですが、確か1992年のとある巨人戦で9回のマウンドに上がりながら緊張ほぐしのために土に「望月秀通」と書いていて、その直後にモスビーからサヨナラ本塁打を打たれたという印象が強いですね。
彼も、引退後に国際医療福祉大学に入学して資格取得という努力家でした。