過去に捕手から一塁手にコンバートされた選手は何人もいる。成功した選手もいればそうでない選手も当然ながらいる。
捕手から他のポジションにコンバートされた選手。
多くの選手は、コンバート以前から捕手以外のポジションを守っているが、コンバートは「捕手として出場しなくなった」タイミングとした。
共通するのは「強打の捕手」ということだ。守備の負担を減らし、打撃を活かすためにコンバートするのだ。

二つのパターンがあることがわかる。一つは入団時、あるいはキャリアの浅いタイミングでコンバートされるケース。
これは、レギュラーに良い捕手がいるため、あるいは捕手としての技術が低いとされたケース。
松原、和田、そして捕手としては出場しなかった江藤、衣笠がこれに当たる。打撃を活かすためのコンバートは成功したと言えよう。
これとは別に、捕手としてレギュラーを張ってからコンバートされるケースがある。
30歳前後になって守備の負担が大きくなった、あるいはもう一人良い捕手が出てきた、しかし打撃は捨てがたい、という理由でのコンバート。
成績がはっきり上がったと断言できる選手はいない。
打撃も下降線に差し掛かり、守備の負担が減って打撃に専念できたと言っても、成績が上向きになるところまではいかなかったということか。
看過されがちだが、捕手がコンバートされることが多い一塁は、野手の中で最も守備機会が多いポジションだ。
今季、最も多くのアウトを稼いだのは中日の一塁手、森野将彦の1252回。続いて阪神の一塁手マウロ・ゴメスの1068回、併殺参加数も森野将彦の118回が最多だ。
難易度は捕手よりは低いとはいえ、決して閑職ではない。DHになるのとはわけが違う。
阿部慎之助は、ちょうど城島健司と同じ試合数。成績もほぼ似ている。城島の場合膝の重度の故障で捕手が務められなくなったのだが、阿部の場合は故障ではない。
しかし過大な期待はできないだろう。
MLBでもこういうコンバートは散見される。代表的なケースを3つ。

ジョー・トーリは日米野球で日本に来た時はすでに一塁手だった。捕手だったと後から聞いて驚いた記憶がある。
完全にコンバートされる前から一塁を守ることが結構あったので、コンバートはスムーズだったようだ。
ジョニー・ベンチの場合は阿部慎之助に近い。至宝とまで言われた大捕手の寿命を永らえるためのコンバート。成績よりもキャリアが伸びたことが成果だろうか。
しかしベンチはこのとき34歳。阿部よりも2つも若かったのだ。
ジョー・マウアーの今季のケース。安打製造機と言われた好打者だが、キャリア最低の成績に終わった。
ここらがコンバートの難しさだ。
今、ワールドシリーズで奮闘しているバスター・ポージーもそういう日が来るかもしれない。
捕手には特別のプライドがある。納得ずくでコンバートを受け入れたとしても、モチベーションが下がることもある。捕手をリードしながら様々な情報を得ていたものが、一塁手になって試合の動きが把握できなくなることも考えられる。捕手はブレインワークも必要なだけに、そういう違和感もあるかもしれない。
阿部のケースがどちらに転がるか、注視したい。
ただ、阿部の後釜として小林誠司を一人前に育ててほしい。
嶋基弘や炭谷銀次郎など、FAになる有力捕手の獲得もうわさされているが、これは一種のモラルハザードだと思う。
小林を我慢して使い、一人前にしてこそ「十年の大計」が成ると思う。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
1973年清俊彦、全登板成績
広尾晃、3冊目の本が出ました。


多くの選手は、コンバート以前から捕手以外のポジションを守っているが、コンバートは「捕手として出場しなくなった」タイミングとした。
共通するのは「強打の捕手」ということだ。守備の負担を減らし、打撃を活かすためにコンバートするのだ。

二つのパターンがあることがわかる。一つは入団時、あるいはキャリアの浅いタイミングでコンバートされるケース。
これは、レギュラーに良い捕手がいるため、あるいは捕手としての技術が低いとされたケース。
松原、和田、そして捕手としては出場しなかった江藤、衣笠がこれに当たる。打撃を活かすためのコンバートは成功したと言えよう。
これとは別に、捕手としてレギュラーを張ってからコンバートされるケースがある。
30歳前後になって守備の負担が大きくなった、あるいはもう一人良い捕手が出てきた、しかし打撃は捨てがたい、という理由でのコンバート。
成績がはっきり上がったと断言できる選手はいない。
打撃も下降線に差し掛かり、守備の負担が減って打撃に専念できたと言っても、成績が上向きになるところまではいかなかったということか。
看過されがちだが、捕手がコンバートされることが多い一塁は、野手の中で最も守備機会が多いポジションだ。
今季、最も多くのアウトを稼いだのは中日の一塁手、森野将彦の1252回。続いて阪神の一塁手マウロ・ゴメスの1068回、併殺参加数も森野将彦の118回が最多だ。
難易度は捕手よりは低いとはいえ、決して閑職ではない。DHになるのとはわけが違う。
阿部慎之助は、ちょうど城島健司と同じ試合数。成績もほぼ似ている。城島の場合膝の重度の故障で捕手が務められなくなったのだが、阿部の場合は故障ではない。
しかし過大な期待はできないだろう。
MLBでもこういうコンバートは散見される。代表的なケースを3つ。

ジョー・トーリは日米野球で日本に来た時はすでに一塁手だった。捕手だったと後から聞いて驚いた記憶がある。
完全にコンバートされる前から一塁を守ることが結構あったので、コンバートはスムーズだったようだ。
ジョニー・ベンチの場合は阿部慎之助に近い。至宝とまで言われた大捕手の寿命を永らえるためのコンバート。成績よりもキャリアが伸びたことが成果だろうか。
しかしベンチはこのとき34歳。阿部よりも2つも若かったのだ。
ジョー・マウアーの今季のケース。安打製造機と言われた好打者だが、キャリア最低の成績に終わった。
ここらがコンバートの難しさだ。
今、ワールドシリーズで奮闘しているバスター・ポージーもそういう日が来るかもしれない。
捕手には特別のプライドがある。納得ずくでコンバートを受け入れたとしても、モチベーションが下がることもある。捕手をリードしながら様々な情報を得ていたものが、一塁手になって試合の動きが把握できなくなることも考えられる。捕手はブレインワークも必要なだけに、そういう違和感もあるかもしれない。
阿部のケースがどちらに転がるか、注視したい。
ただ、阿部の後釜として小林誠司を一人前に育ててほしい。
嶋基弘や炭谷銀次郎など、FAになる有力捕手の獲得もうわさされているが、これは一種のモラルハザードだと思う。
小林を我慢して使い、一人前にしてこそ「十年の大計」が成ると思う。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
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クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
1973年清俊彦、全登板成績
広尾晃、3冊目の本が出ました。
コメント
コメント一覧
あとは中日のディンゴとかw
衣笠選手よりも、捕手経験があるように思いました。
マイナーなとこでは、西武から大洋、そして韓国プロ野球で選手も指導者も経験している吉本博もそうですね。
誕生間もない西武で、野手転向した田淵選手の後釜で野村克也選手よりも沢山使われホームラン量産したのに肝心要のキャッチャーとして全く使い物にならなかった印象が残っています。
でも、大洋で背番号4になり渋い活躍しました。
日ハム時代に捕手から一塁手にコンバートされて活躍した記憶があります。
追い込まれてからの右打ちが上手かった印象です。
スラッガータイプに限らなければ、同様の選手はかなりいる印象ですね。
たとえば、阪神や中日で活躍し、晩年は楽天でもプレーした関川浩一もこの系譜に入るでしょう。
首の故障によるものです。
春先に痛めて以降、良くなったり悪くなったりしながら結局完治しないままだったそうです。
二軍でコーチをやっていたんですが、来季からフロント入りし営業へコンバートです。PR活動や解説もやるそうなので楽しみです。
阿部ともチームメイトだったことも。
ロッテのマイク・ディアズも捕手から始まり、日本でも捕手やったりしていますね。
阿部も、吉永のように、一塁になれた後で、捕手が足りなくなったから、捕手に戻れってなりそうな気がします。
DHのあるパリーグに移籍した方が、キャリア人生伸びるのにとも思いますが、移籍しないでしょうね
自分は原監督はこのようにしてくれるのでないかと期待しています。
阿部がルーキーだった2001年、当時の長嶋監督は若い阿部を正捕手として起用して経験を積ませました。
長嶋監督はこの年が監督ラストイヤーだったわけですが、そこである意味勝敗を度外視して阿部に経験を積ませたのは巨人十年の大計であり、自分の後を引き継ぐ原ヘッドコーチへのプレゼントだったと思います。この2001年による阿部の成長がなければ、その後、原監督が7度リーグ制覇することもなかったかも知れません。
原監督は来年で2年契約が切れるわけで、監督としてのラストイヤーとなる可能性もあります。そこでかつての長嶋監督のように、小林を一人前に育て上げ、次代の巨人への遺産とする。。というのが自分が描く2015年の巨人のイメージです。
と言っても、あっさり嶋や炭谷を獲ってしまうかも知れませんが。
関川、北川、狩野、塩谷、中谷将大と
キャッチャーからのコンバートは阪神のイメージがありますね。
あとはヤクルトの飯田と秦でしょうか
それだけの事だと思いますよ。
あまり長くは活躍できませんでしたが。