中日、大洋、南海、ロッテが収穫あり。しかしさっぱりの球団もあった。落差が大きかった年。
※追記 この年初めて入団拒否者がゼロになった。
通算安打=Hと通算勝利数=W セーブ=S、そしてH=1ポイント、W=10ポイント、S=5ポイントでチームごと、リーグごとのポイントをつけた。グレー地は入団拒否。えんじ色は移籍。移籍後の記録は加算していない。ただし元のチームに復帰した時はその数字も加算。
要するにドラフトで獲得した選手が、直接的にどれだけ貢献したかを数値化。

巨人はPLの橋本に期待がかかったがさっぱり。テレビで見るたびに変な姿になっていくのが気がかりだ。後藤孝次(孝志)は他球団ならレギュラーが務まったのではないか。杉山直樹も二番手捕手として活躍した。
中日は球団最多安打の立浪が出た。音は広島で223安打。
阪神は剛速球の野田。むしろオリックスに出てから54勝と活躍した。
広島は高卒で5人を獲得したが、さっぱりだった。池末は引退後、刑事事件で逮捕された。
ヤクルトは、長嶋ジュニアを獲得し話題に。片岡宏雄に言わせれば、彼は本物だったそうだが。
鈴木平はオリックス、ダイエーで24勝36セーブ。
大洋はエース級を3人。盛田は横浜、近鉄で32勝27セーブ、野村弘(弘樹)は遠藤の後継者たる先発投手だった。
南海も素晴らしい。吉田豊彦は南海最後のエースというべき投手。若井はPL出のシャープな打者。今季ソフトバンク3軍の打撃コーチだったが解任された。柳田はユーティリティプレイヤー、大道は南海最後の選手になった。巨人で代打。吉永は捕手から内野に転向した強打者。彼も巨人でプレー。村田勝喜はダイエー初期の主力投手。
日本ハムは武田。日ハム時代は救援投手、ダイエー、中日では主に先発で50勝。先発、中継ぎで活躍した芝草はアイドル的な人気があった。
西武は清原に次ぐ主砲として期待された鈴木健。実際は中距離打者。城土大二郎は内野手。サンノゼ1Aでプレーするも一軍出場機会なし。
阪急は二人の伊藤。敦規は横浜、阪神で26勝8セーブ。隆偉も救援で活躍した。
ロッテは快速王の伊良部秀輝。MLBでひと騒ぎを起こした後、阪神で13勝。自殺の報には驚いた。堀幸一は息の長い主軸打者。2000本には届かなかった。
近鉄は球威のある高柳出己に期待がかかったが大成せず。
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香川伸行、全本塁打一覧|本塁打大全
広尾晃、3冊目の本が出ました。


要するにドラフトで獲得した選手が、直接的にどれだけ貢献したかを数値化。

巨人はPLの橋本に期待がかかったがさっぱり。テレビで見るたびに変な姿になっていくのが気がかりだ。後藤孝次(孝志)は他球団ならレギュラーが務まったのではないか。杉山直樹も二番手捕手として活躍した。
中日は球団最多安打の立浪が出た。音は広島で223安打。
阪神は剛速球の野田。むしろオリックスに出てから54勝と活躍した。
広島は高卒で5人を獲得したが、さっぱりだった。池末は引退後、刑事事件で逮捕された。
ヤクルトは、長嶋ジュニアを獲得し話題に。片岡宏雄に言わせれば、彼は本物だったそうだが。
鈴木平はオリックス、ダイエーで24勝36セーブ。
大洋はエース級を3人。盛田は横浜、近鉄で32勝27セーブ、野村弘(弘樹)は遠藤の後継者たる先発投手だった。
南海も素晴らしい。吉田豊彦は南海最後のエースというべき投手。若井はPL出のシャープな打者。今季ソフトバンク3軍の打撃コーチだったが解任された。柳田はユーティリティプレイヤー、大道は南海最後の選手になった。巨人で代打。吉永は捕手から内野に転向した強打者。彼も巨人でプレー。村田勝喜はダイエー初期の主力投手。
日本ハムは武田。日ハム時代は救援投手、ダイエー、中日では主に先発で50勝。先発、中継ぎで活躍した芝草はアイドル的な人気があった。
西武は清原に次ぐ主砲として期待された鈴木健。実際は中距離打者。城土大二郎は内野手。サンノゼ1Aでプレーするも一軍出場機会なし。
阪急は二人の伊藤。敦規は横浜、阪神で26勝8セーブ。隆偉も救援で活躍した。
ロッテは快速王の伊良部秀輝。MLBでひと騒ぎを起こした後、阪神で13勝。自殺の報には驚いた。堀幸一は息の長い主軸打者。2000本には届かなかった。
近鉄は球威のある高柳出己に期待がかかったが大成せず。
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広尾晃、3冊目の本が出ました。
コメント
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このへんからは記憶がかなり鮮明になってきました。全体として、まずまず豊作と言っていい年でしょうね。
鈴木健は、当時の高校通算本塁打記録を持っての鳴り物入りでの入団でしたから、相当期待されていました。のちにヤクルトに移籍していますので、赤字ですね。
また、刑事事件で逮捕されたということでいえば、巨人の杉山もそうでした。確かお酒の席での強制わいせつかなんかだったと思います。同じ現場には他の巨人の選手もいたようですが、どうも一番実績のなかった彼が人身御供にされたのではないかという気がしています。逮捕者が出たり、伊良部のような不慮の死を遂げたりと、哀れな末路をたどった選手がいるのが切ないですね。
広島の同名の投手と混同しました。修正します。
背番号30の期待ほどではなかったですね。
上原晃は、球威も含めた速さならすぐ後に入団する与田よりも
上だったと思っています。
フォーム改造しているうちにおかしくなってしまったのは残念でした。
高井一は横浜高校で高橋健と同学年だったそうで、
高校でも高橋とは比較にならない存在で即プロ入り、
阪神でもすぐに1軍に抜擢され活躍したのですが・・・
遠回りしてプロ入りした高橋の方が圧倒的に長生きという結果に。
この年は珍しいことに、ドラフト巧者の広島が全滅し
大洋と南海が全員成功となっています。
面白いことに、この2チームは世紀末にそれぞれ優勝するのですが
この時入団した選手はそれに殆ど貢献していないのですね。
大洋で野村、南海で吉永、大道くらいでしょうか。
特に、エースの座を確立した村田がまさかあんなことになるとは
想像できた人はいなかったのでは。
鈴木健も打力の割に控えの時期が長かったですが、そういった同期の下積みや浮き沈みを尻目に18歳でレギュラー遊撃手として起用されて新人王を獲得、その後も長期間活躍した立浪はまさに別格ですね。
甲子園春夏連覇のPL学園のメンバーに鈴木健・川島堅・伊良部秀輝らが目立ち、高校生の豊作の年とみられましたが、世間的には長嶋茂雄氏の息子一茂の動向が常に注目されてしまいました。
長嶋一茂は、落合にも「潜在能力は(ヤクルトで一緒の)広澤や池山より上」だと評価されていました。
私が若い頃観た大学時代のプレーでは、身体能力だけならあの父親よりも凄いと思えたので、プロ入りの前も後も、野球選手用の鍛え方が出来ないままだったように思います。
やはり、選手としては立浪が断トツの出世頭となりましたが、同期の野村弘(大洋3位)と橋本清(巨人1位)もそれぞれ「夏の甲子園優勝投手で100勝超」に「ジャイアンツのセットアッパー」という立場は作れたと思います。
高校では背番号1・野村、背番号10・橋本、だったのに、このドラフト指名順位のために、高校時代の背番号が逆だったと勘違いする人が多いのも有名です。
1人目は、京都大学の「京大のホーナー」こと沢田誠選手(農学部卒業→大阪ガス)、今年千葉ロッテに2位指名された田中英祐(工学部)が出るまでは、唯一プロ野球に行けるんじゃないかと言われていた有名選手でした。
関西学生野球リーグで当時の記録通算10本塁打、ドラフト会議前には所属研究室の先生が推薦状を書くまでの大騒ぎになったそうです。
後年、京都大学野球部監督として率いた際、近畿大学戦で巨人に行った二岡智宏に11本塁打目を打たれたはず。