この年から1、2位に逆指名制度が導入される。下位指名に息の長い名選手が出た年。
逆指名は赤枠。通算安打=Hと通算勝利数=W セーブ=S、そしてH=1ポイント、W=10ポイント、S=5ポイントでチームごと、リーグごとのポイントをつけた。グレー地は入団拒否。えんじ色は移籍。移籍後の記録は加算していない。ただし元のチームに復帰した時はその数字も加算。
要するにドラフトで獲得した選手が、直接的にどれだけ貢献したかを数値化。

巨人は1位の逆指名枠東北福祉大の三野が1試合しか投げることができず。柳沢も振るわず。しかし3位、高卒の岡島が屈指の救援投手として日米で活躍。23年目の来季も現役続行。
中日は2位の鳥越が逆指名だったが振るわず。ダイエー、ソフトバンクで344安打。
阪神は藪が先発投手として息の長い活躍。平尾は西武で293安打。
広島はこの年も8人を指名したがぱっとせず。福地は西武、ヤクルトで569安打。
ヤクルトは山部が先発投手としてまずまずの働き。しかしトータルでは不作。
大洋改め横浜は二人を逆指名で獲得したが波留が主力打者となる。3位の大家はNPBでは振るわなかったがMLBでは歴代日本人3位の51勝。今春にはブルージェイズの招待選手。今も一応現役である。
ダイエーは2位の小久保が主軸として長く活躍。
日本ハムは東北福祉大で三野とともにエースを張った関根を逆指名で獲得。期間は短かったが先発で活躍。3位で今季まで現役だった名遊撃手金子が出た。
西武は先発で活躍した石井貴。そして3位で5ツールプレイヤーとして縦横に活躍した松井。MLBを経て今も楽天。来季は外野に固定されるようだ。
オリックスにも今季まで現役だった平井。中日で38勝7敗。
ロッテは下位指名に活躍した選手が出た。6位には先発で信頼感のある投球をした小野、そして7位には未だ打棒で信頼を集める福浦。
近鉄は3位に安打製造機だった大村。実力は衰えていなかったが球団のオファーが無く2010年をもって名前が消えた。
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この年の高校3年生が私の同学年にあたりますので、何となく同学年選手の行方は追いかけ続けました。さすがに現役選手は少なくなりましたね。寂寥の感があります。
昭和40年度、48年度など当たり年と言われる学年がありますが、私の生まれ年である50年度もなかなか粒ぞろいです。一度、前にやっていたブログで同学年チームを作ってみたのですが、投手陣と内野手にはかなりの人材を得ていると思います。
憶えているのは会議前は大卒と社会人に即戦力が多い、と話題になって誰がどの球団を逆指名するのか、ということ。
自分と同じ高校3年生だとダイエー志望の平井、高校通算本塁打が多い平尾、甲子園で優勝した大村、などが話題になったが全体的に高校生は不作、という評判だったのを思い出す。
私は大学受験を控え学校で講習を受けるなど勉強していたが、ドラフト会議の翌日、新聞紙上で同じ年齢の高校生が指名されるのを羨ましく思ったものだ。
「いいなぁ、好きな野球で生活できて大金が稼げるなんて…」
でもそれは間違いで、指名される選手は天性の運動神経に恵まれた存在であること。
小さい頃に野球を始めてからほぼ休みなく野球漬けの毎日を送る生活だということ。
中学・高校でも修学旅行などに行かずに朝から練習の日々。
自宅通学なら家では素振りやトレーニング。寮生活の高校では理不尽なタテ社会の生活。
他の人がレジャーを楽しんだり旅行をしている時にグラウンドで野球をし続けていたこと。
そんな大勢の高校生の中からほんの一握りがプロに行けることをつい一般の人は忘れがちだ。
しかもプロ野球選手になるのはゴールではなくスタートであること。
だからこそ、この年に高校からプロに入団し、現役を続けている松井稼頭央・福浦和也・岡島秀樹・大家友和には尊敬の念しかない。
大学4年の同年代がプロ入団の時とはまた違った強い思いがある。
来年4人は40歳を迎える。(私も含めて)
1年でも長く現役を続けてほしい。
豊作世代な1975年生まれ組ですが、松井稼頭央・金子誠・福浦・大村・小野晋吾・平井正史を除いては、むしろ大学や社会人を経由した選手たちの方が目立った活躍をしている感じです。
巨人と広島を除いては、上位指名組が活躍できた結果と言えるでしょう。
ダイエーが一度に2名の注目選手を逆指名獲得したのに対し、ある意味「逆指名」開始の音頭をとっていた巨人は、小久保や河原隆一らに手当たり次第に勧誘したもののことごとく断られ、なんとか東北福祉大の2番手投手・三野と、明治大学の捕手・柳沢裕一を獲得するにとどまりました。
根本氏の抜けた西武は派手な獲得はなくなったものの、1位の石井貴に3位の松井和夫にと、しっかりと主力級が獲得できました。
日本ハムと横浜は、上位でそれぞれ金子誠と波留という主力級が育ったのと同時に、1~3位指名が皆戦力になったので成功と言えるでしょう。
地味ながらロッテの7人指名のうち、1位の加藤高康が2年で戦力外というシビアな結果になって驚いたものの、他の選手がほぼ全員成功組という結果になっているのは特筆に値します。
この辺の高卒世代入団組3選手(福浦・小野・大塚)が、後の2005年の日本一でも主戦力ですね。
最終的に、子供の頃からのファンだった巨人か、これから一緒に成長させられるダイエーか、この2択で最終的にダイエーを選んだのは、前年のゴジラ松井のジャイアンツ入りと対照的な意味で、球界にとり大きかったですね。
もし小久保が巨人に新入団してたら、長嶋監督の「欲しい欲しい病」があれほど酷くはならなかったんじゃないでしょうか。
そして何より、現在のホークスブランドも日本代表・小久保監督もなかったように思えます。
確かに高校生は安上がりですが、手当たり次第下位で指名してモノにならずに消えていくのにはいい思いがしませんでした。
この世代は岡島、松井稼頭央、大家、藪に加え、後にNPB入りする、上原、川上、高橋尚成、建山、さらにはNPBを経ないマック鈴木と、やはりイチロー、松井秀に続く世代とあってか、多くの選手がMLBに参戦していますね
(由伸がもし丈夫であれば参戦しただろうか?)
さすがに引退した選手の方が多くなり、現役の選手もチームの主力と呼べるのはかろうじて上原、松井稼頭央くらいと寂しくなってきましたが、まだ頑張って欲しいですね
「巨人は何が魅力でこれを1位指名したのか?」と思うレベルの何も無いPでした。
広島はこの年も酷いですが、後の長期低迷の要因であることは明白です。
横浜の1位河原はY校時代から見ていましたが、その当時でも河原より
ダブルエースのもう1人の巨漢投手の方がいい感じがしていたくらいなので
これはダメなんじゃないかなと予想していました。
ロッテの加藤は当時少年ジャンプで連載していた「幕張」という作品に
本人の許可をとったのかすら不明ですが、かませ役で登場していたので
強烈に印象に残っているのですが、全くモノにならなかったわけでもないのに
2年で解雇というのは別の意味で衝撃的でしたね。
普通D1なら、ある程度の怪我をしても「待ってくれる」ものですから。
最注目の小久保はダイエーを選択。何度も故障に祟られながらも期待どおりの実績を挙げたが、わざわざ特別待遇で獲得する必要があったのかと疑問に思う選手も多く、自由獲得競争を導入してもそれに見合う一級品はほんの一握りという結果にもなっています。
山部と平井は1年のみの大活躍でチームの優勝に貢献。松井は見る見るうちに清原移籍後の西武の牽引役になって、強打まで振るうようになったのは驚きでした。