昨日は、すべての民放の昼のワイドショーが羽生結弦の怪我について報じていて、気持ちが悪かった。日本人はこういうのが好きなのだ。
中国上海で行われたフィギュアスケートのグランプリシリーズ第3戦の男子フリー、6分間のリンクでの直前練習で羽生結弦は、中国の閻涵とぶつかった。正面からかなりのスピードだったようだ。

この直前練習と言うのは、本番のリンクで感覚をつかむためには非常に大切なもののようだ。選手はこの短い時間にスケートの滑りやジャンプの感触、体のキレなどを確認したいと躍起になるらしい。トップアスリートは、常人では感じられない微妙な感覚を持っている。本番のリンクのデータを全身で得ようとするのだろう。そういうことに没頭している選手同士がぶつかるアクシデントは、ありうべきことだと思う。

閻涵は自力で起き上がることができたが、羽生は胸を打ったのか苦しそうに呼吸をし、起き上がれなかった。救護班のスタッフに抱えられて身を起したが、顔の側面と顎のあたりから出血。10分後、羽生は頭にテーピング、あごに絆創膏を貼って再びリンクに戻り、再開された公式練習に臨んだ。

そして羽生結弦は、ブライアン・オーサーコーチの「今はヒーローになろうとするべき時じゃない。自分の体がまず第一だ」という声を振り切って試合に出場した。
50分遅れでリンクに上がった羽生は5回転倒しながらフリーを滑り切り、合計237.55点で2位の座を守った。

この出来事に対する人々の反応は、リトマス試験紙のようだった。Naverから引用

AKINA
羽生くんの演技に、結果を聞いた時の羽生くんの表情に、涙なしでは見れませんでした。明日、目が腫れちゃうなぁ。

宮地真緒
緊張の糸が切れる瞬間ってすごい。なんともいえない、心臓がグッてなる。 もらい泣き。

中江有里
帰宅して、テレビをつけたら羽生選手の姿が。。。言葉になりません。ただ涙。

佐野稔氏
今日のこの羽生君は永遠にフィギュア界の中で語り継がれるでしょう。すごいことをやりきった。

ニッカンスポーツ
松岡修造は、「出場するべきではないと思う」と強い口調で何度も繰り返したが、羽生が演技を終えると、
僕は羽生さんのことを誇りに思いますよ。こんな逆境で、こんな苦しい中で戦ったこの経験はとんでもなく生きてくるし、多分、彼は分かってるんですよ。

期待にたがわず、この人も
大久保博元楽天監督
「新聞で見たよ。すごかったらしいね。あんな悲愴感漂う表情だったのに、さすがだね。見習わないといけないよ」(ニッカン)
「闘志が凄い。あれが勝負できる男の姿」(スポニチ)


羽生のライバルである海外の選手からも、「感動した」「尊敬する」という声が相次いだ。

一方で、当然ながらこういう意見もある。

松井 計
羽生の件で、<感動した!>とツイートしてる人も多いようだけど、私の疑問は、脳震盪の危険性を知った上でのことなのかどうか、という点です。知らずに感動してるのなら、まだ救いもありますが、危険性を知った上で感動しているのだとしたら、私はちょっと不健全だと思います。

溝口紀子
羽生選手、脳震盪起こしていないでしょうか?柔道やラグビーでは本人の意志があっても脳震盪がある場合は試合にでれません。フィギアのガイドラインはないのでしょうか。ラグビーはSCATは明確な判断基準があります。

為末大
気持ちの強い選手はどんな状況でもいくらでも頑張ろうとするわけだから、選手を命の危険から守るのが競技会側とメディアだと思う。

「脳震盪」という言葉は、このところ急速に重みを増している。
昔は「軽い脳震盪」などと、大したことのない症状であるかのように使われた言葉だが、医療の進歩とともに脳震盪が、選手生命だけでなく生命さえ脅かしかねない重大な障害であることが分かってきた。
野球の世界でいえば、ジャスティン・モルノーが2010年に脳震盪を起したのが記憶に新しい。彼は2005年にも脳震盪を起していた。その影響もあってか、以後、成績は大きく下落した。

脳震盪が怖いのは、意識消失など外見上の症状で判断するため、その場で完全な診断ができるとは限らないことだ。本人が試合に出たいと強く望んでいる場合など、脳震盪の症状を押し隠そうとすることもあろう。その状態で試合に出て、もう一度頭部に衝撃を受けると、命にかかわる場合もある。

スポーツ関係者が、出場を許した主催者や指導者に疑問を呈したのは当然のことだろう。
ラグビーなどの競技では、脳震盪の疑いがあると判断された選手は、自動的に試合から一定の期間イジェクトされる。
スケートの制度上の問題もあったと思う。

私がここで問題にしたいのは、そうした問題とともに、
“スポーツは誰のものか”“何のためにするのか”ということだ。

羽生の決断は、彼の責任感、使命感によるものだろう。
オリンピック金メダリストの羽生は、以後の大会でも好成績を上げることを期待されていたが、今季はやや出遅れた感があった。この大会でも規定で2位と期待を裏切っていたために、何とか挽回したいと考えていたのだろう。
また、彼はこの大会の「目玉」であることも、十分にわかっていた。上海空港での熱烈歓迎ぶりも報道されたが、だから何としてもリンクに上がろう、としたのだろう。

彼のこの判断は、

①自分ではなく、他者のために ②将来ではなく、今のために

なされたものだと言うことができよう。
その結果として彼は一部の賞賛を浴びることになったが、仮に障害が残ったり、今後の選手生活に影響が出れば、一転、彼の判断は非難の対象となろう。賞賛を浴びせた人は口をつむぐか、手のひらを返したようなコメントをするだろう。
成熟したアスリートはこうした状況に直面した時には、例外なく

①他者ではなく、自分のために ②今ではなく、将来のために

判断することだろう。
そして恐らくこのケースでは、以後の競技を棄権する判断をしたはずだ。

さらに言えば、しっかりルールが整備された競技であれば、競技者にそのような重い決断をゆだねることはしないだろう。
一定以上のアクシデントが起これば、その選手は自動的に試合に出場できなくなるようにすべきである。


「頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫で全治2~3週間」
最終的な医師の診断である。幸いなことに脳震盪はなかったようだが、次のNHK杯への出場は難しそうだ。

羽生の判断は、彼がアスリートとしては「未熟」で、プロ意識に欠けることを意味した。無理はない、彼は12月7日が来て、ようやく20歳になるのだ。周りの大人がしっかりしていなかったということだ。

読者諸氏は当然お気づきと思うが、私は「甲子園」「登板過多」「投手の酷使」を意識してこのブログを書いた。
野球の世界にもこうした事例はたくさんある。

スポーツが高度化し、ビジネスとしても巨大化する中で、選手個々にかかる重圧は大きくなっている。
それだけに選手が「自分」をしっかり保持しなければ、社会の「欲望」「感情」にあっという間に「消費」されてしまうだろう。

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