昨年11月の清武騒動、そして今回の朝日新聞の巨人急襲に共通するのは、NPBで長く覇権を握ってきた巨人、読売グループの不当な権力行使を衝くというものだった。
共通しているのは「これまで、さして奇異には思われていなかった行為を、最近の社会規範に照らして非難している」という点だ。

読売グループの渡邉恒雄会長が、グループ会社の人事に介入したり、決定していた方針を覆すのは、恐らく日常的に行われていたことだ。

巨人軍が、獲得したいと思う選手に金銭を供与したり、巨額の裏契約をするのも、巨人軍の創設以来普通に行われてきたはずだ。

そうした行為が今、世間の激しい非難を受けている。当事者の読売、巨人軍にしてみれば、呆然とする思いもあろう。「みんな知っていたくせに」とも言いたいだろう。

昔、新聞記者の友人がいた。彼らは一般のサラリーマンと全く変わりなかった。禁煙の場所で煙草を吸い、吸い殻を捨てる。制限速度をオーバーして車を飛ばす。軽くアルコールを帯びて車で帰宅する。悪所に行って、いかがわしい行為をする。

これらは法律や社会規範に照らせば違法であったり、問題のある行動だったが、少なくとも昭和の御世では、こうした微罪が表ざたになったり、非難を受けたりすることはなかった。今なら、どれか一つが発覚しただけで彼のキャリアは終焉を迎えることだろう。

いつ頃から潮目が変わったのかはよく分からないが、元旦の年賀状を配達する郵便局員が出発前にお屠蘇を酌み交わす習慣がなくなり、新幹線の喫煙車両が激減し、個人タクシーの運転手が帰りがけに一杯ひっかけることがなくなって、世の中は大きく変化していったのだ。

今回の朝日新聞の討ち入りは、こうした社会規範の変化が前提にあった。
車のハンドルでいえば「遊び」の部分が全くなくなり、世の中がきしみを立てるようになった平成の世でなければ、ここまでの火柱は上がらなかったと思う。

戦後の主な娯楽の担い手である民間放送、プロ野球、プロレスなどは、読売新聞の社主だった正力松太郎の強いヘゲモニーで推進されたものだ。

官僚上がりで権力志向の強い正力は典型的な「民は由らしむべし。知らしむべからず」主義者だった。重要なことは一部の権力者が決め、一般の人々はその方針に従えば万事うまくいくのだ、という考えである。
高度経済成長は、まさにこうした考えで成し遂げられた。正力は民間企業である読売新聞の経営者だったが、同時に国務大臣を務め、官に近い立場でこれを強力に推進した。読売新聞が、プロパガンダに大きく寄与したのは言うまでもない。

ONの登場、巨人軍の9連覇は、東洋の奇跡と謳われた高度経済成長という金字塔に添えられた、鮮やかな華飾りのようなものだったのだ。





この時代には、選手獲得を巡る巨人の特権的な地位や権力行使が問題になることはなかった。「巨人が勝てばプロ野球は繁栄する」という考えが、他チームにもマスコミにも浸透していたからだ。

バブルが崩壊し、日本という国そのものが、ばくちに負けた食い詰めもののような顔つきになって20年、正力のように「黙って俺についてこい」という指導者は絶滅した。

新しい規範が見つからない中で、社会は急速にせせこましくなった。

そして、東日本大震災とそれに続く原発事故で世の中が底しれぬ不安感にさいなまれている中で、今回の事件(ともいえないが)が起こったのだ。球界の盟主たる巨人軍の無道さ、横暴さが、今さらのように指弾されているのだ。

正力松太郎が「原子力の父」と呼ばれ、原発推進の旗振り役だったことを考えるとき、この二つのできごとは表裏の関係にあることが見えてくる。





正力ありせば、こうした醜聞は会長室から朝日新聞の社主に一本電話を入れて、権力で抑え込んだことだろう。そして何事もなかったかのようにペナントレースを開催したはずだ。

しかし正力とは似て非なる権力者である渡邉恒雄氏は、自らの権力を誇示することには熱心だが、今回の事態には頬かむりをしている。そして部下たちが「違法ではない」「プライバシーの侵害だ」と場違いの抗議を散発的に行うばかりだ。事態収拾に向かう動きは見えてこない。

第4の権力と言われるメディアが世の中を変えることはよくあった。投じられた一石が波紋を呼んで、世の中を進化させたのだ。しかし、巨人軍、NPBには、この事態を受けて前向きに改革を進めようという動きは見えない。ひたすら糊塗策に終始し、鎮静化をはかるのみだ。

しかし、表向きはひとたび鎮静化しても、巨人、NPBへの信頼感は大きく損なわれることだろう。スキャンダルのたびに当事者を尻尾切りするだけで乗り切ろうとした大相撲と同じ道を、NPBは歩みそうな気がする。
閑古鳥の鳴く本場所の風景は、底が抜け、衰亡へ向けたメルトダウンが始まったことを実感させる。

責任ある立場の人々、そしてNPBを憂う人々は、どこかで立ち止まり、踏ん張って抜本的な解決策を見出さなければならない。
昔の正力のような「黙って俺についてこい」という明快な解決策は今やない。もっと地道で、困難を伴うプロセスを経ないと、解決の道は見えてこない。しかし、誰かがどこかで勇気を奮わないと、メルトダウンは確実に進行するだろう。

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