1919年、大正7年生まれの野球人。戦禍に見舞われた世代。
まずはMLBの殿堂入り選手から。

戦後のMLBを象徴する2人が選出されている。
ジャッキー・ロビンソンは、黒人初のMLB選手。「42」は今や伝説だ。
ロビンソンがUCLA中退だったのに対し、同い年のモンテ・アーヴィンは、高校からニグロリーグに。MLB入りは2年遅かった。遊撃手。存命中だ。
NPB、56人。黒枠は戦死者。

実績的には千葉茂、中尾碩志、野口二郎、原田督三が群を抜いている。
この4人は、戦争を生き延びて、長嶋茂雄が活躍する時代までプロ野球の伝統をつないだ功労者と言えよう。
皆川定之は阪神の遊撃手。軽快な守備で「とびっちょ」と言われた。息子は日本ハムの投手皆川康夫。こちらは「バニーちゃん」。
井筒研一はライオン、朝日の投手。後に審判になった。
児玉利一は戦後にプロ入り。名内野手として中日、大洋で活躍。
深見安博は記録マニアお気に入りの選手。2球団にまたがって本塁打王を獲得した唯一の選手。
田中成豪は阪急の内野手。「田中幸雄」だったこともある。
沢藤光郎は弱かった時代の近鉄の先発投手。52年に22敗した。
野村武史は、毎日、高橋で投げた先発投手。
木下政文は戦前のイーグルス、黒鷲、大和で活躍した内野手。
白木義一郎は東映の投手。引退後、公明党の代議士になったことでも知られる。
戦死者では南海の名内野手、国久松一。熊本工業から川上哲治とともに巨人に入団した吉原正喜。
綱島新八は引退後PL学園の監督になり、強豪校の礎を作った。
千葉茂や中尾碩志も生きていれば96歳。ずいぶん時間が経ったと思う。
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