黒田博樹は2008年、ロスアンゼルス・ドジャーズ=LADと3年契約を結んだ。3530万ドルと言われる高額契約だった。

2008年~10年の3年間で黒田はDL(故障者リスト)入りを1度記録したが、3年で93回程度あった先発機会のうち83回に先発、53回のQS(6回以上投げて自責点3以下)を記録。28勝30敗ではあったが、高い評価を受けた。
2010年末には他チームからのオファーがあった。その中にはニューヨーク・ヤンキース=NYYなども含まれていたといわれる。LADもその働きを高く評価し、複数年契約を持ちかけたが、黒田は単年契約を望んだ。総額1200万ドル。年俸が800万ドル、契約金が400万ドル。契約金は12年から13年にかけ分割して支払われ、全球団へのトレード拒否条項と50万ドルの出来高払いも含まれている。
黒田はこの時点で2012年の広島あるいはNPBへの復帰も念頭にあったかと思われる。しかし、LAD側はそうは思っていなかった。実力のある選手と高額の1年契約をするということは、1枚のカードを手に入れることだ。チームが好調であればその選手はチームでシーズンを全うできるが、前半戦で不振に陥り、シーズンをあきらめる事態になれば、そのカードは支出削減と、新たなプロスペクトの獲得=来季構想への先行投資の意味を込めて、フラッグシップ・ディール(下位球団が上位球団に有力選手を7/31の期限ぎりぎりにトレードすること)市場に投じられることになる。
LADにしてみれば、黒田が1年契約をした時点でそれは承知のことだと思ったはずだ。全球団へのトレード拒否条項はあったにせよ、先の見えないチームで投げるよりは、優勝争いをするチームに高額年俸で移ることを選択するとも思ったはずだ。
2011年のLADは、オーナー夫婦の醜聞などもあって、野球どころではない体たらくとなった。黒田自身も先発投手陣では最低のRS(味方の援護点)しかもらえず、好投しても黒星が増えるだけという状態になった。
7月に入って、黒田には再びNYYやボストン・レッドソックス=BOSからのオファーがあったと言われる。チーム再建モードに入っているLADは、黒田がトレード拒否条項を破棄して移籍することを当然望んだが、結局黒田はトレード拒否を貫き、LADへの残留を望んだ。
黒田に支払った1200万ドルを元手に有望な若手選手を獲得するというLADの目論見は崩れた。とはいえ、チーム再建が最優先となるなかで、来季残留の可能性が低くなった36歳の黒田博樹を今後もローテーション通り投げさせるのかどうかは、不明だ。また、これからどれだけ勝ち星をあげようとも、黒田の評価はそれ以上高まるとも思えない。
黒田にしてみれば「チームに殉じた」つもりかもしれないが、LADの関係者やファンから見れば「チーム事情を考えない自己中な奴」あるいは「ビジネスを考えない変わり者」と映ったかもしれない。
チームの破産により、黒田の年俸のかなりの部分が未払いになっていると思われるが、そのことが黒田の不信感を高めたのかもしれない。
マッティングリー監督の「黒田の決断は理解できる」というのは、外交辞令にすぎないだろう。この監督にとって、黒田は扱いにくい選手だったのではないか。
黒田の決断が日本人選手全体の印象を悪くするとは思わないが、少なくとも「僕が野球をするのはお金じゃないんだ!」と本気でいう選手は、海を渡らない方がよいかもしれない。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
↓

2008年~10年の3年間で黒田はDL(故障者リスト)入りを1度記録したが、3年で93回程度あった先発機会のうち83回に先発、53回のQS(6回以上投げて自責点3以下)を記録。28勝30敗ではあったが、高い評価を受けた。
2010年末には他チームからのオファーがあった。その中にはニューヨーク・ヤンキース=NYYなども含まれていたといわれる。LADもその働きを高く評価し、複数年契約を持ちかけたが、黒田は単年契約を望んだ。総額1200万ドル。年俸が800万ドル、契約金が400万ドル。契約金は12年から13年にかけ分割して支払われ、全球団へのトレード拒否条項と50万ドルの出来高払いも含まれている。
黒田はこの時点で2012年の広島あるいはNPBへの復帰も念頭にあったかと思われる。しかし、LAD側はそうは思っていなかった。実力のある選手と高額の1年契約をするということは、1枚のカードを手に入れることだ。チームが好調であればその選手はチームでシーズンを全うできるが、前半戦で不振に陥り、シーズンをあきらめる事態になれば、そのカードは支出削減と、新たなプロスペクトの獲得=来季構想への先行投資の意味を込めて、フラッグシップ・ディール(下位球団が上位球団に有力選手を7/31の期限ぎりぎりにトレードすること)市場に投じられることになる。
LADにしてみれば、黒田が1年契約をした時点でそれは承知のことだと思ったはずだ。全球団へのトレード拒否条項はあったにせよ、先の見えないチームで投げるよりは、優勝争いをするチームに高額年俸で移ることを選択するとも思ったはずだ。
2011年のLADは、オーナー夫婦の醜聞などもあって、野球どころではない体たらくとなった。黒田自身も先発投手陣では最低のRS(味方の援護点)しかもらえず、好投しても黒星が増えるだけという状態になった。
7月に入って、黒田には再びNYYやボストン・レッドソックス=BOSからのオファーがあったと言われる。チーム再建モードに入っているLADは、黒田がトレード拒否条項を破棄して移籍することを当然望んだが、結局黒田はトレード拒否を貫き、LADへの残留を望んだ。
黒田に支払った1200万ドルを元手に有望な若手選手を獲得するというLADの目論見は崩れた。とはいえ、チーム再建が最優先となるなかで、来季残留の可能性が低くなった36歳の黒田博樹を今後もローテーション通り投げさせるのかどうかは、不明だ。また、これからどれだけ勝ち星をあげようとも、黒田の評価はそれ以上高まるとも思えない。
黒田にしてみれば「チームに殉じた」つもりかもしれないが、LADの関係者やファンから見れば「チーム事情を考えない自己中な奴」あるいは「ビジネスを考えない変わり者」と映ったかもしれない。
チームの破産により、黒田の年俸のかなりの部分が未払いになっていると思われるが、そのことが黒田の不信感を高めたのかもしれない。
マッティングリー監督の「黒田の決断は理解できる」というのは、外交辞令にすぎないだろう。この監督にとって、黒田は扱いにくい選手だったのではないか。
黒田の決断が日本人選手全体の印象を悪くするとは思わないが、少なくとも「僕が野球をするのはお金じゃないんだ!」と本気でいう選手は、海を渡らない方がよいかもしれない。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
↓
コメント