オールスターゲームの魅力は「あり得ない」ことが、このひと夜に限り起こるところにある。
子供のころ、怪獣映画といえば「ゴジラ」と「ガメラ」だったが、友達とこの2大怪獣が戦ったらいったいどうなるのか、何度も議論したことを覚えている。東宝と大映という会社の違いがあり、これは不可能だったのだが、実現すればどんなに良いかと思った。
子供のころ、怪獣映画といえば「ゴジラ」と「ガメラ」だったが、友達とこの2大怪獣が戦ったらいったいどうなるのか、何度も議論したことを覚えている。東宝と大映という会社の違いがあり、これは不可能だったのだが、実現すればどんなに良いかと思った。
よく知られているようにMLBのオールスターゲームは一少年の「(アリーグの)ベーブ・ルースさんと(ナリーグの)カール・ハッベルさんの対戦が見たい」という声から生まれた。まさに「ゴジラ対ガメラ」と同じ発想。「あり得ない」ものを見てみたいという思いからだ。
この「あり得ない」感は、大物同士の対戦でないと起こらない。「アンギラス対バルゴン」や「ゴジラ対ギャオス」では、ときめかないのだ(オタク方面の方は別にして)。
MLBのオールスターゲームが面白くなくなったのは「あり得ない」感が無くなる状況が次々と起こったことにある。その最大のものはインターリーグだが、これに加え、FAやトレードなど頻繁に選手が移籍するようになったことも大きい。今や1球団にとどまるフランチャイズプレイヤーなど数えるほどしかいない。リーグを超えた移籍もごく普通であり、大物選手同士の対戦は非常に増えている。さらに言えば、エクスパンションの連続で選手数が増えて、相対的に「大物」が少なくなったことも大きい。
しかしながら、それ以上に「あり得ない」感を喪失させているものがある。
7月13日のオールスターゲーム、ニューヨーク・ヤンキーズのアレックス・ロドリゲス、デレック・ジーターの2名が出場を辞退した。体調が万全ではないということだ。今、MLBで最も高い年俸を得ている選手と、最も人気がある選手が選ばれたのに、出ないということだ。「ゴジラ」も「ガメラ」も出ないということだ。
大義名分はそろっている。万全でないまま出場して怪我をすれば、大事なペナントレースに支障が出て、チームに迷惑をかけるからだ。
しかし、本音のところでいえば、彼らはすでに十分に名誉を獲得していて、今さらそんなゲームに出ても、という思いがある。そして、オールスターゲームは「金にならない」のに、リスクだけがある、という認識があると思う。二人とも、日本でいえば従業員数十名くらいの会社が一年間汗水たらして稼ぐ程度のお金を、たった一人で稼いでいる。そのお金と、ファンに対するサービスを天秤にかければ、答えは明白なのだ。
要するに、こういう大物たちは、ビジネスでものを考えているのだ。ファンに「あり得ない」ひと夜を提供するよりも、ビジネスを優先したい。
実のところ、オールスターゲームをつまらなくしている最大の要因は、こうした「ビジネス感覚」ではないかと思う。ファンのため、チームのためと言いながら、実際は「金」で動く。桑田真澄が引退直後、鋭く指摘していたがMLBは「拝金主義」が横行しているのだ。ファンに「あり得ない」ときめきを提供するより、目の前の「あり得る」金をとるのが、今のMLBプレイヤーなのだ。
しかし、MLBプレイヤーのこのビジネス優先の意識は、前提の部分ですでに破たんしている。ファンは、選手の金儲けを見に来ているのではない。超人的な美技、すなわち普通の人なら壊れてしまいそうなすごい動きや、恐ろしいスピードなどに金を払っているのだ。また、そうした超人たちの「真剣勝負」に熱中しているのだ。
ビジネスを考えるなら、こうしたプレーも「リスク」だ。最近、MLBの試合を見ていて「大味だな」と感じることが多いのだが、それはひょっとすると拝金主義のなせる技かもしれない。
オールスターゲームの沈滞は、娯楽としてのMLBの衰退を象徴している。もちろん、これからスターになろうとする若い選手たちの躍動は見ものではあるが、ゴジラもガメラも出ない怪獣映画に金を払う人はいないのと同様、大物が出ない、出ても活躍しないオールスターは、価値がない。
オールスターをつまらなくしているのは、結局、選手だと思う。


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この「あり得ない」感は、大物同士の対戦でないと起こらない。「アンギラス対バルゴン」や「ゴジラ対ギャオス」では、ときめかないのだ(オタク方面の方は別にして)。
MLBのオールスターゲームが面白くなくなったのは「あり得ない」感が無くなる状況が次々と起こったことにある。その最大のものはインターリーグだが、これに加え、FAやトレードなど頻繁に選手が移籍するようになったことも大きい。今や1球団にとどまるフランチャイズプレイヤーなど数えるほどしかいない。リーグを超えた移籍もごく普通であり、大物選手同士の対戦は非常に増えている。さらに言えば、エクスパンションの連続で選手数が増えて、相対的に「大物」が少なくなったことも大きい。
しかしながら、それ以上に「あり得ない」感を喪失させているものがある。
7月13日のオールスターゲーム、ニューヨーク・ヤンキーズのアレックス・ロドリゲス、デレック・ジーターの2名が出場を辞退した。体調が万全ではないということだ。今、MLBで最も高い年俸を得ている選手と、最も人気がある選手が選ばれたのに、出ないということだ。「ゴジラ」も「ガメラ」も出ないということだ。
大義名分はそろっている。万全でないまま出場して怪我をすれば、大事なペナントレースに支障が出て、チームに迷惑をかけるからだ。
しかし、本音のところでいえば、彼らはすでに十分に名誉を獲得していて、今さらそんなゲームに出ても、という思いがある。そして、オールスターゲームは「金にならない」のに、リスクだけがある、という認識があると思う。二人とも、日本でいえば従業員数十名くらいの会社が一年間汗水たらして稼ぐ程度のお金を、たった一人で稼いでいる。そのお金と、ファンに対するサービスを天秤にかければ、答えは明白なのだ。
要するに、こういう大物たちは、ビジネスでものを考えているのだ。ファンに「あり得ない」ひと夜を提供するよりも、ビジネスを優先したい。
実のところ、オールスターゲームをつまらなくしている最大の要因は、こうした「ビジネス感覚」ではないかと思う。ファンのため、チームのためと言いながら、実際は「金」で動く。桑田真澄が引退直後、鋭く指摘していたがMLBは「拝金主義」が横行しているのだ。ファンに「あり得ない」ときめきを提供するより、目の前の「あり得る」金をとるのが、今のMLBプレイヤーなのだ。
しかし、MLBプレイヤーのこのビジネス優先の意識は、前提の部分ですでに破たんしている。ファンは、選手の金儲けを見に来ているのではない。超人的な美技、すなわち普通の人なら壊れてしまいそうなすごい動きや、恐ろしいスピードなどに金を払っているのだ。また、そうした超人たちの「真剣勝負」に熱中しているのだ。
ビジネスを考えるなら、こうしたプレーも「リスク」だ。最近、MLBの試合を見ていて「大味だな」と感じることが多いのだが、それはひょっとすると拝金主義のなせる技かもしれない。
オールスターゲームの沈滞は、娯楽としてのMLBの衰退を象徴している。もちろん、これからスターになろうとする若い選手たちの躍動は見ものではあるが、ゴジラもガメラも出ない怪獣映画に金を払う人はいないのと同様、大物が出ない、出ても活躍しないオールスターは、価値がない。
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