フランコってどのフランコ?と思ったらあのフランコだった!嘘でしょ、という感じである。
報知新聞
野球の独立リーグ、ルートインBCリーグの石川は8日、米大リーグの最年長本塁打記録を持ち、かつてプロ野球ロッテでも活躍した56歳のフリオ・フランコ内野手が選手兼任監督に就任すると発表した。
私は55歳だが、フランコは1955年あるいは58年生まれ。確実に私よりも年上である。
石川はもとはミゲル・テハダを呼ぶつもりだったという。それはそれで見たかった。
その恐ろしく大きなキャリアSTATS

1978年にドミニカからフィリーズのマイナーに入団した。すでに19歳か22歳、遅いスタートだった。
MLBに昇格したのは1982年、23歳か26歳の時。
デビューは4月23日のカーディナルス戦。
フランコは7番遊撃で先発。3番一塁はピート・ローズ。相手の4番はダレル・ポーター。
最初の打席はボブ・フォーシュから中前打。
ポーターもフォーシュも、すでに故人だ。


日本にやってきたのは36歳か39歳の時。すでにMLBでは12年のキャリアを重ねていた。
4月1日のオリックスとのデビュー戦は、3番DH。4番はピート・インカビリア、西村徳文が1番中堅、相手の1番は田口壮、2番はイチロー。チームメイトで現役はサブローだけ。
その後MLBに復帰。ロッテナインに慕われて98年に再びロッテに。このとき、39歳か42歳。
しかし、フランコはそこからなおキャリアを積み上げたのだ。2007年9月17日にアトランタ・ブレーブスで最後に出た試合では、8回裏、代打でリー・ガードナーから右前打を打っている。


これで諦めたかと思ったら、2008年にはメキシカン・リーグでプレー。49歳または52歳で引退したかと思ったが、去年、独立リーグのフォートワースでプレイングマネージャーとして復帰、7試合に出場している。
チームにはオリックスに在籍していた柿原翔樹(2011年育成2位)がいた。
日本には八百比丘尼伝説と言うのがあるが、フランコはまさに不死身の野球選手だ。
「毎試合とはいかないが、代打やDHなどで出場したい」
そりゃそうだろう。プレーはあくまで余興ではあろうが、心の中では真剣に「MLB復帰」を目指しているのではないか。
彼の脳裏にはサチェル・ぺイジの名前が浮かんでいるのだろう。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
1975年渡辺弘基、全登板成績【阪急から移籍の左腕リリーバー】
広尾晃、3冊目の本が出ました。


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私は55歳だが、フランコは1955年あるいは58年生まれ。確実に私よりも年上である。
石川はもとはミゲル・テハダを呼ぶつもりだったという。それはそれで見たかった。
その恐ろしく大きなキャリアSTATS

1978年にドミニカからフィリーズのマイナーに入団した。すでに19歳か22歳、遅いスタートだった。
MLBに昇格したのは1982年、23歳か26歳の時。
デビューは4月23日のカーディナルス戦。
フランコは7番遊撃で先発。3番一塁はピート・ローズ。相手の4番はダレル・ポーター。
最初の打席はボブ・フォーシュから中前打。
ポーターもフォーシュも、すでに故人だ。
日本にやってきたのは36歳か39歳の時。すでにMLBでは12年のキャリアを重ねていた。
4月1日のオリックスとのデビュー戦は、3番DH。4番はピート・インカビリア、西村徳文が1番中堅、相手の1番は田口壮、2番はイチロー。チームメイトで現役はサブローだけ。
その後MLBに復帰。ロッテナインに慕われて98年に再びロッテに。このとき、39歳か42歳。
しかし、フランコはそこからなおキャリアを積み上げたのだ。2007年9月17日にアトランタ・ブレーブスで最後に出た試合では、8回裏、代打でリー・ガードナーから右前打を打っている。
これで諦めたかと思ったら、2008年にはメキシカン・リーグでプレー。49歳または52歳で引退したかと思ったが、去年、独立リーグのフォートワースでプレイングマネージャーとして復帰、7試合に出場している。
チームにはオリックスに在籍していた柿原翔樹(2011年育成2位)がいた。
日本には八百比丘尼伝説と言うのがあるが、フランコはまさに不死身の野球選手だ。
「毎試合とはいかないが、代打やDHなどで出場したい」
そりゃそうだろう。プレーはあくまで余興ではあろうが、心の中では真剣に「MLB復帰」を目指しているのではないか。
彼の脳裏にはサチェル・ぺイジの名前が浮かんでいるのだろう。
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コメント
コメント一覧
シルバースラッガー賞受賞の翌年に初めての来日ですものね。こんな選手はもう出てこないでしょう。
しかし、1958年度生まれのNPB選手といえば、内野手に人材が集中していて、主なところで宇野勝、大石大二郎、高木豊、辻発彦、原辰徳といったところ。私が子供のころに見た選手ばかり(笑)。いずれも名手ですが、フランコが来日するころには辻を除いて皆衰えていましたものね。
彼を基準にしてみると、イチローが洟垂れ小僧になってしまうとは・・・
デビュー時点、ピート・ローズがチームメイトでしたか。
現役当時の彼を知るという意味でも、まさに「伝説」ですね。
そういえば、引退せずにずっと現役に固執した大物選手と言えばリッキー・ヘンダーソンがいますが、彼は結局引退したのでしょうか? しばらく、独立リーグでプレイしていたと記憶していますが、その後彼が引退したというニュースを聞いた記憶がないのですが…
リッキー・ヘンダーソンは2009年に殿堂入りしていますから、引退しているのは間違いないと思いますが。
殿堂入りは「引退から5年」ではなく「最後にメジャーでプレーした年から5年」で資格を得るので、殿堂入りしてるから引退してるとは限りません。
そして、リッキーは一度も引退を宣言はしてないはずです。まあ、もう何年もプレーしてませんし、メッツのコーチをしたこともあるし、もちろん事実上の引退はしてますが。(一度復帰に向けて動いたそうですが実現せず)