私は野球歴はない。競技者としては全くの素人だ。でも小さいときから野球は大好きで、時間さえあればグラブやミットをはめて壁あてをし、草野球をしていた。
昔の子供はそういうものだった。「ドラえもん」などでよく描かれているように、学校が終わると空き地や公園、学校のグランドで草野球をしたものだ。
人数が足りなくても、敷地が狭くても、いろんなグランドルールを急造して、何とか間にあわせたものだ。
子供たちは、指導者なしで“野球ごっこ”をして、思い思いにバットを振り、ボールを投げたものだ。
しかし、それは今やレトロな「昭和の風景」になったようだ。
私は毎日、犬の散歩で、近所の小学校の校庭を一周する。
夕刻、校庭で子供たちがそうした野球ごっこに興じる様は、絶えて見なくなった。キャッチボールをする光景さえなくなった。
警備の関係上、放課後の学校に児童が残るのは好しからざることだからだという。
サッカーの練習は、時折見かけたが、これには指導者が付いている。学校公認のサッカー教室だろう。
土曜、日曜には地域の少年野球チームがグランドを借りて練習をしている。でも、これは昔懐かしい野球ごっことは違う。子供たちはユニフォームを着て、大人の指導でアップをし、ランニング、キャッチボールと段階を踏んで粛々とカリキュラムをこなしている。
そう言うんじゃないんだなあ。昔の野球ごっこは。
昔は、テレビで選手がすごいプレーをしたら、次の日にはみんなが真似をした。
長嶋茂雄が何人もいたし、反対の足をあげる王貞治もいた。
バッキーの乱闘騒ぎの時は、吉田という名前の子が巨人ファンの子に小突かれたりした。
私の親父は中日ファンで、小川健太郎の背面投法を教えてくれた。それを披露したら、運動神経のない私よりも遥かに上手く投げられる子がいて、その子の秘密兵器になったりした。
珍ルールも沢山あった。小学校のときは
「足の遅い子は自転車で一塁に行ってもよし」というのがあった。そういう子は自転車に乗ったままバントのようにボールを当てて自転車を漕ぐのだ。すごく上手い子がいてほとんどセーフ。
大人なら「洒落にならない」とやめるだろうが、子供はエスカレートする。
「野手も自転車に乗ってよし」となって投手が投げると野手がボールを取って自転車に乗った子の前かごにトスをする、でそのまま追いかけるのだ。走者の子がアウトになるまいと、グランドの向こうの方まで逃げると、野手の子も追いかけて、遠くへ行ってしまった。耳年増だった私は3フィートルールを知っていたが、とてもそれを言う気にはなれなかった。
2年ほど前、私は愛媛県大島のお寺を回っていてこんなお地蔵様を見つけた。

メガネをかけて本を読んでいる地蔵と、野球帽をかぶってバットを持っている地蔵。恐らく「よく遊び、よく学べ」と言いたいのだろう。戦後に作られたと思しきものだ。
昭和のある時期まで、男の子にとって「遊び」とは「野球」「野球ごっこ」にほかならなかったのだ。
その頃は、サッカーは全く問題外だった。オリンピックで活躍していたから、釜本や杉山の名前は知っていたが、誰も真似をしたりしなかった。動いている様子をテレビで見たことはなかったのだから。
当時から、野球プロパーの人たち、少年野球や野球部の指導者は、野球ごっこには冷淡だった。あんなのは野球でもなんでもない、邪魔だ、くらいにしか思っていなかった。軽蔑し、馬鹿にしていたと思う。
そして、今と同じような軍隊式の厳しい指導で野球を仕込んでいたのだ。
今、野球ごっこをしようにも場所がなくなったのは、時代の趨勢という部分は確かにあろう。ボールやバットは危険だとされるようになった。
学校や地域が、空き地や公園で「野球禁止」にしたのにはそういう背景があるとは思う。しかしさらに深く掘れば、教師や親たちの多くが、野球ごっこの経験がなくなっていることがあると思う。そういう人たちは、野球への愛着がないのだ。
今、高校野球の参加校は3000を超える。1チーム15人としても4.5万人。1学年の競技人口は1.5万人。決して小さな数字ではないが、昔はそういう「本気の競技人口」とは別に、野球ごっこに興じた同学年が、10倍以上いたと思う。
しかし今は、そんな経験のある子供は激減していることだろう。
それは野球ファンの裾野が無くなったことを意味している。野球は今後、確実に衰退していくことだろう。
NPBは昨年、「NPB 未来の侍プロジェクト」の一環として、「壁当て遊び用の壁」の寄贈を始めた。

素晴らしい企画だと思うが、もはや手遅れかもしれない。
野球の競技人口は確保できるかもしれないが、野球が好きで好きでたまらないという素人は、もう戻ってこないのではないか。
人気に胡坐をかいて、裾野を増やす努力を怠った付けは、確実に回ってくるだろう。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
渡辺清、全本塁打一覧|本塁打大全
広尾晃、3冊目の本が出ました。


人数が足りなくても、敷地が狭くても、いろんなグランドルールを急造して、何とか間にあわせたものだ。
子供たちは、指導者なしで“野球ごっこ”をして、思い思いにバットを振り、ボールを投げたものだ。
しかし、それは今やレトロな「昭和の風景」になったようだ。
私は毎日、犬の散歩で、近所の小学校の校庭を一周する。
夕刻、校庭で子供たちがそうした野球ごっこに興じる様は、絶えて見なくなった。キャッチボールをする光景さえなくなった。
警備の関係上、放課後の学校に児童が残るのは好しからざることだからだという。
サッカーの練習は、時折見かけたが、これには指導者が付いている。学校公認のサッカー教室だろう。
土曜、日曜には地域の少年野球チームがグランドを借りて練習をしている。でも、これは昔懐かしい野球ごっことは違う。子供たちはユニフォームを着て、大人の指導でアップをし、ランニング、キャッチボールと段階を踏んで粛々とカリキュラムをこなしている。
そう言うんじゃないんだなあ。昔の野球ごっこは。
昔は、テレビで選手がすごいプレーをしたら、次の日にはみんなが真似をした。
長嶋茂雄が何人もいたし、反対の足をあげる王貞治もいた。
バッキーの乱闘騒ぎの時は、吉田という名前の子が巨人ファンの子に小突かれたりした。
私の親父は中日ファンで、小川健太郎の背面投法を教えてくれた。それを披露したら、運動神経のない私よりも遥かに上手く投げられる子がいて、その子の秘密兵器になったりした。
珍ルールも沢山あった。小学校のときは
「足の遅い子は自転車で一塁に行ってもよし」というのがあった。そういう子は自転車に乗ったままバントのようにボールを当てて自転車を漕ぐのだ。すごく上手い子がいてほとんどセーフ。
大人なら「洒落にならない」とやめるだろうが、子供はエスカレートする。
「野手も自転車に乗ってよし」となって投手が投げると野手がボールを取って自転車に乗った子の前かごにトスをする、でそのまま追いかけるのだ。走者の子がアウトになるまいと、グランドの向こうの方まで逃げると、野手の子も追いかけて、遠くへ行ってしまった。耳年増だった私は3フィートルールを知っていたが、とてもそれを言う気にはなれなかった。
2年ほど前、私は愛媛県大島のお寺を回っていてこんなお地蔵様を見つけた。

メガネをかけて本を読んでいる地蔵と、野球帽をかぶってバットを持っている地蔵。恐らく「よく遊び、よく学べ」と言いたいのだろう。戦後に作られたと思しきものだ。
昭和のある時期まで、男の子にとって「遊び」とは「野球」「野球ごっこ」にほかならなかったのだ。
その頃は、サッカーは全く問題外だった。オリンピックで活躍していたから、釜本や杉山の名前は知っていたが、誰も真似をしたりしなかった。動いている様子をテレビで見たことはなかったのだから。
当時から、野球プロパーの人たち、少年野球や野球部の指導者は、野球ごっこには冷淡だった。あんなのは野球でもなんでもない、邪魔だ、くらいにしか思っていなかった。軽蔑し、馬鹿にしていたと思う。
そして、今と同じような軍隊式の厳しい指導で野球を仕込んでいたのだ。
今、野球ごっこをしようにも場所がなくなったのは、時代の趨勢という部分は確かにあろう。ボールやバットは危険だとされるようになった。
学校や地域が、空き地や公園で「野球禁止」にしたのにはそういう背景があるとは思う。しかしさらに深く掘れば、教師や親たちの多くが、野球ごっこの経験がなくなっていることがあると思う。そういう人たちは、野球への愛着がないのだ。
今、高校野球の参加校は3000を超える。1チーム15人としても4.5万人。1学年の競技人口は1.5万人。決して小さな数字ではないが、昔はそういう「本気の競技人口」とは別に、野球ごっこに興じた同学年が、10倍以上いたと思う。
しかし今は、そんな経験のある子供は激減していることだろう。
それは野球ファンの裾野が無くなったことを意味している。野球は今後、確実に衰退していくことだろう。
NPBは昨年、「NPB 未来の侍プロジェクト」の一環として、「壁当て遊び用の壁」の寄贈を始めた。

素晴らしい企画だと思うが、もはや手遅れかもしれない。
野球の競技人口は確保できるかもしれないが、野球が好きで好きでたまらないという素人は、もう戻ってこないのではないか。
人気に胡坐をかいて、裾野を増やす努力を怠った付けは、確実に回ってくるだろう。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
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広尾晃、3冊目の本が出ました。
コメント
コメント一覧
未来のサムライプロジェクト、初めて知りました。個人的には、もし手遅れでも、やったほうが良いことだと思います。
では〜
こどもたちが遊べる公園を守ることが、不良少年の溜まり場になることを防ぐことにつながると思うので。
修正しました!
うちの子と公園に行っても草サッカーどころかボールを蹴って遊んでる子供もなかなか見かけません。
たまに休日のお父さんに連れられた小さい子がボール蹴り遊びをしてるくらいで、子ども同士で草サッカー、ストリートサッカーに興じてる姿なんて、とんと見かけません。キャッチボールしてる親子もいなくなりましたが。
野球にしろ、サッカーにしろ、キチンとしたチーム、スクールに入る以外に、遊びで気軽にやることがなくなっています。
代わりに小学生の子どもたちは公園に集まって滑り台の下で3DSをやるようになりました。(あの光景はゾッとします。ファミコン世代ど真ん中の私ですら)
遊びを無駄、あるいは罪悪視する風潮がその背景にはあるのでしょう。
鬼ごっこすら危険なので禁止されるところもよく見かけます
そうなるとみんなでゲームをするというのはごく自然なことだと思います
競技野球以外にも、子供達が楽しむための真面目半分、ゆるさ半分くらいの草野球クラブがあっても良いと思うのですが、土地が狭く、地域コミュニティが薄れている今の日本では難しいでしょうか。
自分が小学生の頃、地元のソフトボールクラブへの入部を考えたことがあったのですが、ほとんど休みのない過密なスケジュール、公然と行われている体罰などを知り、入る気が失せました。
そのクラブでピッチャーをやっていた自分の同級生は酷使された結果小学4年生で故障し、その後満足にスポーツができなくなってしまいました。プロになるほどの逸材であったとは思いませんが、彼は大人達によって体を存分に動かす楽しみを奪われたのです。
自分が子供の頃、野球に限らず、ガチになって子供達を指導する大人がたくさんいました。そんなに熱心にやるなら大人達自身がチームを組織してプレーすれば良いのです。
自分には、そういった大人達は子供達を搾取していたしか思えませんね。
私は小学校の時はサッカー部でしたが、「野球ごっこ」もよくやりました。もっとも皆さんがおっしゃるような、プラスチックのバットとボールでやることが多かったのですが。
私の世代だと、掛布や八重樫、クロマティあたりが物真似人気があった選手でしょうか。
でも、やる場所がない問題は30年近く前にもありました。そうは言ってもやってはいけない場所でもやりたがるのが子供の性ですが、マンションの空きスペースでやっていたら、そこの管理人がバイクに乗りながら竹刀を振り回して追いかけてきたことを今でもよく覚えています(笑)。
sunnyboyさんの仰るような子供たち、最近は公園ですらなく、よく見かけるのはマンションのエントランスです。最近のマンションはエントランスにソファーや椅子が置いてあることが多く、屋根もあり、夏冬は冷暖房も効いているところが多いので、事実上、部屋と変わらない環境なんですよね。
おっしゃる通り当時は少年団に入る子供なんてごく一部、たいていは野球で遊んでいただけなのですが、そんな子供の遊び場にズカズカ入り込んで来るブローカーみたいな大人がいましたね。
体格の良い運動神経の良さげか子供だけに声を掛けて、他の子供たちのことなど視界にも入らないようなふるまいで、本当に野球をやりたかったら小学生の頃から硬式をやらないと手遅れだとか、我々だけが本当の野球を教えてやるみたいな偉そうで横柄な輩でした。そういう連中が今も変わらず有力選手を口利きしたりしてるんでしょうね。
この文章を読んで、遠い日の不快感を思い出しました。
これってバスケに限らず、ゴルフとテニス以外のほとんどの球技に言える状況なんですよね。
昔ナイトスクープに出ていた創作三角ベースの3人組のような、野球ごっこに興じていた子供の数は確実に減っています。物事が総じて習い事化しなきゃいけない時代ってことですな。
この事象を調査するには、「透明ランナー」の認知度を世代別で調べると効果的かもしれない。堀井健一郎あたりがやってくれるといいんだが。
マンホールがホームベース。
もう一つ隣のマンホールが2塁。
両脇の電柱が1塁と3塁。
高校野球の競技人口は右肩上がりです。
しかし記事の状況はその通りで、
今や野球のルールを知らない男子が珍しくないようです。
選手はいても観客はいないという状況ができそうです。
http://blog.goo.ne.jp/ue-kj/e/60f1e6d04a6b44eb9b4c8b2adf6cea74
明日瓦版で紹介させてください。
それでも放課後は校庭や社宅の駐車場で日が暮れるまでボールを追い掛け回していました。
もちろんその手の、遊びの野球やサッカーを全くしない子もいましたが、それらの遊びで活躍できる子が人気者になる時代でした。
休憩時間には廊下でピンポン玉とスリッパで野球。
(ピンポン玉だから僕でも超フォークボールが投げられる)
今の子供たちはこういう遊びするんでしょうかね。
結局今の状況は、大人が子供たちの環境を奪ってしまったことが全てでしょう。
「責任」という面倒ごとから逃げた大人たちが招いた悲劇だろうと思います。
ファミコンに駄菓子屋のTVゲームにゲームウオッチ。
思えば私も子供の頃は本当によく遊んだものですなあ。
今の子供達も、大人になった時に自らの子供時代を振り返って「よく遊んだなあ」と思えるようであって欲しいです。
「透明ランナー」・・・懐かしいですねえ~。
野球ごっこをやるにはバットの確保に苦労した覚えがあります。
グローブとボールは皆持ってましたがバットを持ってる子は貴重でした。
サッカーも公園であの木からあの木の間がゴールなんていうアバウトな感覚で遊んでいました。
私は比較的ドライな性格かつテレビゲームもして育った世代なせいか
公園でDSやカードゲームに興じてる子供に悪印象はありません。
野球やサッカーよりそれらが面白いから子供はそれで遊んでいるだけです。
DSやカードゲームより面白いものができればそれらに移っていくだけです。
大半の娯楽も遊戯も一過性の流行のようなもの、数年数十年数百年で廃れるものと思ってます。
30年後、プロ野球は無くなってるのかな
よく土日になると家族4人(私、父、母、妹)で三角ベースやりましたね。透明ランナーあり。四死球無し。ちなみに現在27歳です。
サッカーもよくやりましたね。ゴールの幅が違うので、ジャンケンで勝つとボールではなく陣地の選択権を取ったものです。
つい最近、少年野球の子供たちが参加する野球教室に顔を出したんですが、子供たちの感覚では、野球は「習い事」のようですね。
自分たちでルール決めたりして「遊ぶ」ものではないようです。
「野球は習い事」まさにそうですね。遊びじゃありません。
今はこどもが少ないから、「十番打者」なんて死語ですね。