『海峡を越えたホームラン』関川夏央





大阪ミナミの予備校に通っていた時分に、近所の食堂で『漫画アクション』に連載されていたこの作品を熱心に読んでいた。ある日の夕方、いつものように食堂でアクションを開いていたら、小学三年くらいの子供が数人入ってきてお喋りをはじめた。耳に馴染みのある言葉なのだが、何を言っているのか一向にわからない。しばらくして、子供達が朝鮮語でしゃべっていることに気がついた。ミナミにはとりわけ半島系の人が多いのだ。

この本は、韓国プロ野球の草創期に身を投じた在日韓国人選手の苦闘を描いている。国籍が大韓民国であっても二世、三世のライフスタイルは日本人そのものである。韓国へ行けば大きなカルチャーギャップを感ぜざるを得ない。しかし韓国の人々は、日本にいるからといって、こうした在日僑朋(キョッポ)が韓国の風習や道徳を知らないことに全く無理解で、容赦なく彼らに軽蔑の眼差しを向ける。板挟みとなった彼らは多くのストレスを抱え込む。野球の実力差は明白だが、在日の選手たちが尊敬される事はない。

このドキュメントは、野球と言うテンプレートを通して日韓と言う近くて遠いふたつの国の、違いと共通性をあぶり出した秀作である。

韓国にプロ野球が発足するに当たっては張本勲が大きな力を及ぼしたようだが、その事には触れられていない。しかし、韓国の野球が半世紀近くに渡って続けられた日本占領地代に植えつけられたことは明白であり、そのために韓国に人々は野球と言うスポーツに熱狂しながらも日本の影を何としても払拭しようとする。そのアンビバレントな感情が、とりわけ日本からやってきた在日選手たちにぶつけられたのだ。

1988年のソウルオリンピックを契機として韓国は経済発展を成し遂げ、「世界十大先進国(韓国国内でよく使われる)」の仲間入りをする。このころから彼らの言動にもすこしゆとりが見えるようになった。また日本でもキムチやプルコギなど韓国食が普及、さらに韓流ブームも起こり、日韓の溝はかなり狭まった様に思う。
十年ほど前まで、私はこと野球に関する限り、日韓の溝は間もなく埋まるだろうと思っていた。他のスポーツと同様、野球も国力の増大とともに実力がアップすると思っていたからだ。

しかしながら、ここ数年KBOのスター選手がNPBに挑戦しては挫折するのを見ていると、とりわけ金泰均の急激な失速を見ていると、日韓の間には実力やポテンシャルとは別種の文化や質的な差異があるのを感じる。そしてそれは、関川さんがこの本で、三十年以上も前に実感した日韓の差異、肌触りや体臭にも似た生々しいもの、に根ざしているにではないかと思う。

今、読んでも非常に面白い。記念碑的な一冊である。


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