え、何?と言う感じだが、公式サイトによると正式に引退を発表したそうだ。もう46歳だ。
私などは、バーニー・ウィリアムスといえば、阪急ブレーブスの右翼を守っていた強肩の黒人外野手を思い浮かべる。もちろん別人だ。
MLB史上バーニー・ウィリアムスと言う名でプレーしたのはこの2人だけ。
プエルトリコ出身。キャリアSTATS

86年にヤンキース入り。ルーキーの同僚にはロッテに来たオジー・カンセコがいた。2年ほど足踏みをしたが90年頃から頭角を現し、93年からレギュラー、走攻守そろった外野手としてスターダムに上った。
バランスが良い、という形容がぴったりではないか。主軸も打てるし、リードオフマンやつなぐ野球もできる。肩は強くないが、守備範囲も広い。足も速い。
95年から2002年まで連続3割を記録。
98年にはレッドソックスのモー・ボーンとの激しい争いの末に首位打者を獲得。
デレク・ジーター、ホルヘ・ポサダ、マリアノ・リベラ、アンディ。ペティットらとともにウィリアムスはヤンキース生え抜きのスター選手として人気を博した。ポサダもプエルトリコ出身だ。
ポストシーズンにも121試合に出場。80打点はMLB記録だ。

しかしチームが2002年にジェイソン・ジアンビ、2003年に松井秀喜、2004年にアレックス・ロドリゲス、ゲイリー・シェフィールド、2006年にボビー・アブレイユ、ジョニー・デーモンと各球団の主力クラスを獲得する中で、成績が下降線をたどっていたバーニーは影が薄くなる。
2005年に7年8500万ドルの契約が切れると、2006年は150万ドルで1年契約をするが結果は残せずFAに。
ピンストライプへのこだわりがあったからか、他球団のユニフォームには袖を通さなかった。
2008年にプエルトリコのギガンテ・デ・カロリナでプレー。ヤディア―・モリ―ナなど若い選手とチームメイトになる。
2009年のWBCには、プエルトリコ代表でプレー、しかし7度打席に立って2四球、安打は出ず。
私は試合を見ていて、バーニーはこのときに引退を決意したと思ったのだが。
今は音楽の世界で有名なようだ。
MLBではとっくに姿を消したが、まだ正式に引退していない選手が何人かいる。マニー・ラミレスもそのようだ。
こういう形で昔の選手を思い出させてくれるのは面白い。
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コメント
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バーニーが衰えてからポストシーズンで勝てなくなりました
コア4より個人的に好きな選手でした
80年代~90年代のMLBプレーヤーで好きだっだのはスイッチヒッターの強打者。ハワード・ジョンソン、ケン・カミニティとならんでお気に入りの一人でした。