2015年04月29日 藤浪・黒田事件、東尾修ならどうなっていたか? この間のブラッシュボール事件で、私も真っ先に頭に浮かんだのが東尾修だ。あの投手は謝るどころか、文句をつけた打者を反対に威嚇した。あれはなかなかの見ものだった。 「バックスクリーンの下で」さんも藤浪事件に言及 私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください! ↓ クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。 1980年木田勇、全登板成績【新人で20勝到達、タイトル総ナメ】 広尾晃、3冊目の本が出ました。 「野球ブログ瓦版!」カテゴリの最新記事 < 前の記事次の記事 > コメント コメント一覧 アナリスト 2015年04月29日 17:38 その昔、西武-近鉄の試合で東尾が若き日の大石大二郎にぶつけ、口論になったのを思い出しました。 その数年後、1986年だったか、あのデービス東尾殴打事件があり、あれから内閣攻めが減ったため、デービスにはある意味感謝する向きまでありました。 ちなみにあの内角攻めは、西鉄時代の河村英文コーチから鉄拳交じりで特訓されたという、コンプライアンス重視の現代では信じられない内容でした。 届かにゃい 2015年04月29日 19:40 野球太郎かなにかで東尾はあの件について、 近鉄柳田豊がうちの大事な主砲田淵さんにぶつけたのが 伏線にあったんだと言ってましたね。 まぁこういうのはどっちにも言い分があるでしょうが。 ただ、そのインタビューで唯一東尾を全面的に支持したいと思ったのは よく乱闘が教育上良くないからやめるべき的な風潮に対し 「プロ野球は教育じゃないから」 と言い切ったくだりですね。 春味 2015年04月29日 20:03 「飯を食べるために(内角に)投げる」が、「相手選手には当てたくない」と、「飯を食べるために(内角に)投げる」のだから、「場合によっては、相手に当たってしまうのもやむを得ない」とは違うように思います。 fujibo 2015年04月30日 08:29 森監督は日本シリーズの初戦を東尾に託す際、コントロールがよく、球の出し入れでセリーグの打線を研究できるからと語っていました。東尾からしたら、コントロールされた内角攻めなんだから、避けろや!ということでしょうね。それにしてもよくブツけていましたね。 広尾 晃 2015年04月30日 08:42 fujiboさん 昨日は野球文化系の飲み会でしたが、蛭間さんが田中のこの一件で出席できなくなりました。 楽珍 2015年04月30日 09:48 東尾ならあのコースに投げる時は当てる時だと思います。 エンジョイベースボール 2015年04月30日 12:45 NPBで危険球一発退場のルールが出来たのは、1994年の神宮球場でのヤクルトVS巨人の試合で、 ①ヤクルト西村が巨人村田真一の頭部に死球 ②巨人木田が西村にやり返し的な死球 ③西村が巨人グラッデンの頭部付近に投げ、怒ったグラッデンと間に入ったヤクルトの捕手中西がどつきあい、グラッデンが中西を殴打 という一件があって作られたはずですが、その夜のフジテレビ系のプロ野球ニュースで解説していた権藤博氏の発言がとても納得出来るものでした。 「投手に内角攻めをするなというのは酷な話で、内角攻めは投手に当然与えられた権利。ただし、故意であれ過失であれ、頭にぶつけてしまえば同じように未熟で、退場にしないといけない。」 みたいな内容だった。 ぶつけてもいいから内角攻めをする、という考えの投手は所詮三流四流。 津留崎潔 2015年04月30日 17:50 藤浪投手と黒田選手のあの場面で、投手が東尾修だったら、インコースのボールを小フライに打ち取っていたか、アウトコースのボールをピッチャー前にバントさせセカンドのフォースアウトを取っていたか、そんなまともな結果を想像してしまいます。 津留崎潔 2015年04月30日 18:36 東尾さんがどのようなピッチャーだったかうかがえる面白いコメントを残しています。投球術につい語ったもので東尾さんの著書からどこかで読んだと記憶しています。東尾さんによると、投球モーションに入り、左足をあげ体重移動に入る直前にバッターの目を見る、するとそのバッターは踏み込めなくなるらしいです。ぶつけられると思うんでしょうね。本当にぶつけるとデービスみたいな事になるのでしょう。 東尾投手は20年で4,000イニングを投げました。あの時代は先発投手でも50試合くらいは投げた時代ですが年平均200イニングは立派と思います。 しかしよくヒットを打たれる投手でした。述べ17,100人の打者と対戦し、4,000本のヒットを打たれています。生涯のWHIP1.27もとびぬけているわけではないですし、三振1,600個に対し四球は1,100個。三振をとれるわけではないです。東尾投手は打者に踏み込ませないインコースへの見せ球が生命線だったのは間違いないと思います。だからバッターにぶつけてもこれで飯を食っているんだといった風情で平気な顔をしていました。東尾さんは厳しいコースをついても、かならずベルトから下に投げていたともコメントしていました。技術の裏付けがあって初めてインコースを自分のものに出来るということではないでしょうか。 コメントフォーム 名前 コメント 記事の評価 リセット リセット 顔 星 情報を記憶 コメントを投稿する トラックバック
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その数年後、1986年だったか、あのデービス東尾殴打事件があり、あれから内閣攻めが減ったため、デービスにはある意味感謝する向きまでありました。
ちなみにあの内角攻めは、西鉄時代の河村英文コーチから鉄拳交じりで特訓されたという、コンプライアンス重視の現代では信じられない内容でした。
近鉄柳田豊がうちの大事な主砲田淵さんにぶつけたのが
伏線にあったんだと言ってましたね。
まぁこういうのはどっちにも言い分があるでしょうが。
ただ、そのインタビューで唯一東尾を全面的に支持したいと思ったのは
よく乱闘が教育上良くないからやめるべき的な風潮に対し
「プロ野球は教育じゃないから」
と言い切ったくだりですね。
昨日は野球文化系の飲み会でしたが、蛭間さんが田中のこの一件で出席できなくなりました。
①ヤクルト西村が巨人村田真一の頭部に死球
②巨人木田が西村にやり返し的な死球
③西村が巨人グラッデンの頭部付近に投げ、怒ったグラッデンと間に入ったヤクルトの捕手中西がどつきあい、グラッデンが中西を殴打
という一件があって作られたはずですが、その夜のフジテレビ系のプロ野球ニュースで解説していた権藤博氏の発言がとても納得出来るものでした。
「投手に内角攻めをするなというのは酷な話で、内角攻めは投手に当然与えられた権利。ただし、故意であれ過失であれ、頭にぶつけてしまえば同じように未熟で、退場にしないといけない。」
みたいな内容だった。
ぶつけてもいいから内角攻めをする、という考えの投手は所詮三流四流。
東尾投手は20年で4,000イニングを投げました。あの時代は先発投手でも50試合くらいは投げた時代ですが年平均200イニングは立派と思います。
しかしよくヒットを打たれる投手でした。述べ17,100人の打者と対戦し、4,000本のヒットを打たれています。生涯のWHIP1.27もとびぬけているわけではないですし、三振1,600個に対し四球は1,100個。三振をとれるわけではないです。東尾投手は打者に踏み込ませないインコースへの見せ球が生命線だったのは間違いないと思います。だからバッターにぶつけてもこれで飯を食っているんだといった風情で平気な顔をしていました。東尾さんは厳しいコースをついても、かならずベルトから下に投げていたともコメントしていました。技術の裏付けがあって初めてインコースを自分のものに出来るということではないでしょうか。