和田一浩の恐るべきは、「年齢知らず」だということだ。イチローよりも1歳上、あと1週間で43歳になるのに全く衰えを知らない。
名門岐阜商業から東北福祉大、さらに神戸製鋼を経て96年ドラフト4位で西武入り。公式戦に出たときにはすでに25歳の誕生日が間近だった。
あだなは「べんちゃん」だが、そのあだ名のもととなった演出家の和田勉は、2003年を最後に実質的に引退。2011年に死亡。今の若い人は名前さえ知らないだろう。
プロ入り当初は捕手であり、大捕手伊東勤、中島聡とポジションを争っていた。外野手一本になったのは30歳の時、初めて規定打席に達して3割を打った。
キャリアSTATS

外野に転向してからは水を得た魚のように活躍、4年連続3割、首位打者、最多安打。
2007年オフにFA権を取得し、地元中日へ。
リーグが変わっても全く打棒は変わらず1年目から3割。移籍時点で36歳、普通なら引退を考える年だが、ここから昨年、8月5日にバリントンから死球を受けるまで、主軸打者として活躍していたのだ。
今季、和田があと31本安打を打てば、大杉勝男、落合博満に続いて3人目の「両リーグで1000本安打」を達成する。
年代別の成績。

30代になって本格的に活躍しはじめ、40代でも衰えを見せていない。40歳代の打率が下がっているのは、39歳の年に統一球が導入され、パワーバランスが投髙に大きく振れたからだ。
同級生は、NPBでは鈴木尚典、木村拓也、北川博敏、稲葉篤紀、入来祐作、西口文也、村松有人 、河原純一 、谷 佳知 、山内泰幸など。
MLBではマニー・ラミレス、ラウル・イバネス、バートロ・コロン など。
ジャンプのレジェンド葛西紀明も同級生だ。
まだ現役でプレーしている選手には元同僚の西口、谷、四国で投げている河原などがいるが、本当に戦力になっているのは、日本では和田だけだ。
彼もレジェンドと言ってよいのではないか。

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
1964年坂井勝二、全登板成績【小山との両輪で20勝投手の仲間入り】


あだなは「べんちゃん」だが、そのあだ名のもととなった演出家の和田勉は、2003年を最後に実質的に引退。2011年に死亡。今の若い人は名前さえ知らないだろう。
プロ入り当初は捕手であり、大捕手伊東勤、中島聡とポジションを争っていた。外野手一本になったのは30歳の時、初めて規定打席に達して3割を打った。
キャリアSTATS

外野に転向してからは水を得た魚のように活躍、4年連続3割、首位打者、最多安打。
2007年オフにFA権を取得し、地元中日へ。
リーグが変わっても全く打棒は変わらず1年目から3割。移籍時点で36歳、普通なら引退を考える年だが、ここから昨年、8月5日にバリントンから死球を受けるまで、主軸打者として活躍していたのだ。
今季、和田があと31本安打を打てば、大杉勝男、落合博満に続いて3人目の「両リーグで1000本安打」を達成する。
年代別の成績。

30代になって本格的に活躍しはじめ、40代でも衰えを見せていない。40歳代の打率が下がっているのは、39歳の年に統一球が導入され、パワーバランスが投髙に大きく振れたからだ。
同級生は、NPBでは鈴木尚典、木村拓也、北川博敏、稲葉篤紀、入来祐作、西口文也、村松有人 、河原純一 、谷 佳知 、山内泰幸など。
MLBではマニー・ラミレス、ラウル・イバネス、バートロ・コロン など。
ジャンプのレジェンド葛西紀明も同級生だ。
まだ現役でプレーしている選手には元同僚の西口、谷、四国で投げている河原などがいるが、本当に戦力になっているのは、日本では和田だけだ。
彼もレジェンドと言ってよいのではないか。

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
1964年坂井勝二、全登板成績【小山との両輪で20勝投手の仲間入り】
コメント
コメント一覧
仰るように、よれよれでたどり着いた2000安打という印象はなく、未だに戦力として起用される中での達成だけに、より価値はあると思います。ファンとしても誇らしいです。
ちなみに和田が遅咲きだということはもはや皆が知っていますが、上のスタッツを見て、もし表に年齢が書かれていなかったら、初見の人は高卒選手のスタッツだと見まがうのではないかと思いました。
ベースボールチャンネルにも書きますが、最も初安打の年齢が高い2000本安打者です。
運よくスタジアムで目撃できれば、あれでビール1杯いけます。
べんちゃんがビッグヒットを刻むたびに、えー!年下なの?と言い続けて早や15年。風格が実年齢に追い付いてきましたね。
一度も同級生にはならなかったものの、同じ学校の同学年から大物が2人出るというのはすごいこと。
和田の場合、初の規定打席到達が30歳、1000本安打達成が35歳という位だから、落合や金本や小笠原以上の遅咲きと言ってもいいでしょう。
何より本人にとって良かったのは、西武でも中日でも主力打者ではあったけれど「看板選手」にまではならなかったこと。
なまじ人気選手でチームの看板になってしまえば、少し調子を落とすとボロクソに非難され始め、果ては「引退しろ」みたいな罵声を浴びせられるので、和田くらいのポジションにいるのがちょうどいいのかもと思えます。