大阪の孤島、舞洲から先ほど帰ってきた。履正社と大阪桐蔭の試合を見てきたのだ。へろへろである。今日は在庫を出しておしまいにしたい。
ベイスターズ、祭りの後の寂寥感が長く続くことになる。
通算安打=Hと通算勝利数=W セーブ=S、そしてH=1ポイント、W=10ポイント、S=5ポイントでチームごと、リーグごとのポイントをつけた。グレー地は入団拒否。えんじ色は移籍。移籍後の記録は加算していない。ただし元のチームに復帰した時はその数字も加算。要するにドラフトで獲得した選手が、直接的にどれだけ貢献したかを数値化。線以下はドラフト外。ブルー地は現役。赤枠は逆指名。

2000年、当代最高の右打者、内川が入団。吉見は短期間エースだった。ロッテ、阪神で引退。
2001年、全くの不振。
2002年、松坂世代最大のスラッガーの村田修一、勝負強い吉村裕基、控え捕手の武山真吾が出た。
2003年、2001年以上の不振。
2004年、内野のリーダー格だった藤田一也と、その後継者になりつつある石川が出た。松家は東大出身で話題になった。
切ないのは、この5年間の成功者の内、チームに残っているのは石川だけだということだ。
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1995年イチロー、全本塁打一覧|本塁打大全



2000年、当代最高の右打者、内川が入団。吉見は短期間エースだった。ロッテ、阪神で引退。
2001年、全くの不振。
2002年、松坂世代最大のスラッガーの村田修一、勝負強い吉村裕基、控え捕手の武山真吾が出た。
2003年、2001年以上の不振。
2004年、内野のリーダー格だった藤田一也と、その後継者になりつつある石川が出た。松家は東大出身で話題になった。
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コメント
コメント一覧
5年続けた高校生ドラフト1位指名からは内川だけ、その後の自由枠路線では村田だけが戦力になった。上位指名の当たり率が低い(特に投手)上にトレードやFAも上手くいかなかったんだから、低迷も止むなしという感じです。
投手を上位指名→戦力にならず→投手が足りない→投手を上位指名→戦力にならず…という負のループは少し前のオリックス、今の阪神が嵌まったパターンと同じ。こうなるとチームの弱体化は不可避だ。
舞洲からのバスが長蛇の列だったので、桜島まで歩きました。大阪の失政の象徴みたいな施設です。
どういう選手だったか、分からない選手が非常に多いのです。
しかしこの中で戦力になった投手は恐らく吉見と加藤だけですね。
地域的にドラフトで有利なこの時代に下手を打った事が
大低迷を引き起こす要因となったのは疑いありません。
あと東大は内川ではなく松家です。
>届かにゃいさん
文脈から言って、「当代」と「東大」、の変換ミスだと思われますが……なまじ松家がいたからややこしい(笑)。
しかし、舞洲は普通の大阪府民にとっても遠いですよ。北摂在住の小生ですが、三宮や京都のほうがよっぽど行きやすいです。
つかれてんねんて!
バッティングの良さで有名ではありましたが、改めて見てみると面白いなと思ってしまいました。
試合は田中が悪いなりに粘る展開だったがタイムリーが無くても点が取れる大阪桐蔭の試合運びの良さが目立った。その前の大阪ビジネスフロンティア対貝塚の試合の内野ゴロ(特にサードゴロ)が多い野球と比べてフライと三振が多く、両校共公立の高校とは打球音の違いがはっきりしていた。当てにいく野球としっかり振って打ちにいく野球、質の異なる2つの野球を見せてもらいました。