90歳という高齢でもあり、驚きはしないが、一つの歴史が終わったという感がある。
ヨギとはインドの呪術師にまつわる言葉のようだが、少年時代からのあだ名だったという。
1943年にプロ入り。
キャリアSTATS

終戦直後の1946年にヤンキースに昇格し、63年まで18年間プレーした。1年だけ同じニューヨークのメッツでプレー。
とにかく黄金期のヤンキースの捕手だった。
レギュラーになった1948年には、ジョー・ディマジオ、トミー・ヘンリック、ビリー・ジョンソン、フィル・リズートなどの野手、エド・ロパット、アリー・レイノルズなどの投手がいた。この年、捕手はガス・ニアホスが82試合、ベラが71試合。ベラは外野を50試合守っている。
ミッキー・マントル、ロジャー・マリスの時代に全盛期を迎える。
ヤンキースでの最終年のチームメイトには、ジョー・ペピトーン、クリート・ボイヤー、ボビー・リチャードソン、エルストン・ハワードなどの野手、ホワイティ・フォード、ジム・バウトンなどの投手がいた。
173cmは当時としても小柄だった。盗塁阻止率はキャリアで49%。リードと強肩が持ち味だったのだ。
珍語録で知られる点など、長嶋茂雄的な人気もあったようだが、私は理解不能。
引退直後の64年にヤンキースの監督となり、いきなり優勝。メッツでも優勝。メッツ監督時代に日米野球で来日したのを覚えている。
松井秀喜の凱旋試合だった東京ドームでのヤンキース開幕戦に来たのも覚えている。
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コメント
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あのヨギイズムも何も考えてない様で何も考えてないともいえる、単純に笑える内容が好きです。
そして実績や言動なんかはまさにアメリカの長嶋茂雄と言えると思っています。
たしかに、常勝チームの主力選手であったことや、独特の言語感覚が長嶋茂雄氏と共通していますね。
息子がプロ入りして三塁手だったというところまで同じです(さすがに、ヨギの息子のデール君は、子どものころに球場に置き去りにされたりはしていないと思いますが)。
独特の言語感覚の炸裂したヨギ語録は下記のページにまとめられていて、なかなか笑わせてもらえます。
https://ja.wikiquote.org/wiki/ヨギ・ベラ
このほか、小切手をもらってPayable to bearer(持参人払い)と書いてあったのを、「おい、俺の名前はBerraだぞ」と言ったという逸話などもあるようです。