私はこの選手は、レギュラーの力があるとずっと思っていた。なまじ器用に内野のすべてのポジションを守れたために、便利遣いのままでキャリアを終えたという感がある。
天理高校から97年にドラフト2位で阪神に入団。ドラフト同期の同級生には高橋信二、前川克彦、小林宏之、鈴木尚広、小山伸一郎、森野将彦、岩村明憲、濱中治がいる。
キャリアSTATS

2000年に一軍昇格すると、次第に頭角を現す。2004年からはほぼレギュラーの扱い。
長打はないが、勝負強い打撃で鳴らした。
下位を打つことが多かったが、時には3番を打つこともあった。
ただ、この期間も、守備位置は一、二、三塁を転々とした。
守備成績

指揮官にとっては、こんな便利な選手はいないが、関本自身には不本意だったのではないか。
他の選手がポジションを取ると、関本の起用機会が減ることになる。2008年に平野恵一が入ると二塁での起用数が減り、2009年に新井貴浩が一塁から三塁にコンバートされると三塁の起用がなくなった。
こういう形で、関本は試合後半に出てくる代打+守備固めの選手になり、最後は代打専門になってキャリアを終えた。
高校時代は二塁手だったが、プロでの本職は三塁手だと思う。三塁に固定してレギュラーで使えば、3割をコンスタントに打つ中心打者になったのではないか。
堂々たる体躯、打席での雰囲気がそう思わせる。
自己アピールがやや弱かったのかもしれない。他球団でもう少し見たかった選手だ。
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吹石徳一、チーム別&投手別&球場別本塁打数|本塁打大全
コメント
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前年のアトランタオリンピックと無縁ではなかったでしょう。
タイガース超低迷期の真っ只中、あえて打者3人(今岡、濱中)を上位指名したことが後の優勝に直結したということ。
1位にMAX138キロの似非本格派、2位に社会人中継ぎ左腕~的な、個人的にはガッカリ指名が多かったこの時期のドラフトとしては異例のクリーンヒットでした(笑)。
他の二人ほど派手な活躍も少なく、一軍定着に時間がかかりましたが、誰よりも長くタイガースの一員であり続け、数々の殊勲打、好守・チームプレイ等々…
間違いなく残した記録以上の記憶をファンに残してくれた、生え抜きとして稀有な存在でした。
お疲れさまでした。残り試合もよろしくね(笑)。
残り試合に出場すべきでないとか言わないでくださいね。
一塁手・三塁手としては長打力が不足し、二塁手としては走力が不足する。しかし、長いペナントでは内野を3ポジション穴埋めできて怪我も少ない。
言うなれば、”控えのレギュラー”、”10人目の男”といった感じでしょうか。
(脱線しますが、サッカーで言うところの”スーパーサブ”、バスケで言うところの”シックスマン”に相当する野球用語があってもいいように思います)。
ナイン(スタメン9人)という意味ではレギュラーでなかったかもしれませんが、1軍には欠かせなかった選手としてファンは忘れないのではないでしょうか。
この感覚は福地(ヤクルト)の時以来に思います。
一つは打撃面、もう一つはポジション。
前者は2003年オフ。
ちょうど倉敷秋季キャンプで見ていたのですが、桜井広大と並んでフリーバッティングをしていたのが印象的でした。
以前から長距離打者として期待されていたのですが、限界を感じたのでしょうか・・・。
翌年からバットを短く持ちしぶとく出塁をする今のスタイルに切り替えていった記憶があります。
後者は2005年、元々関本はショートでセカンドもサードも守れたのですが、この時今岡がサード固定となったためセカンドを藤本と併用になりました。
一時期はセカンドをゲットしたのですが、守備範囲を問題視されたのか平野のトレード加入以降はユーティリティプレイヤーに徹することになりました。
個人的には「新井をサードに回すくらいなら関本でええやんか」と憤慨していた記憶があります(^^ゞ
チーム事情もあったかも知れません。
ただ思うのは、「大道典良+ユーティリティ」というスタイルを自ら選び取り、それ故にチームに貢献し得たという事です。
非常にクレバーかつチーム愛のある選手だったと思います。
あと2年はプレーして欲しかった。
いまはただ、お疲れ様でしたと申し上げる以外の言葉を思いつきません。
また、惜しまれるコメントが残されているのを感慨深く読ませて戴いています。感謝。
「大道」と言う表現には膝を打つね。
いや、やめましょうね。
長い間、お疲れ様でした。