この本は大切な本である。
現代社会の閉塞感を「プロ野球の夢」という言葉の「変質」を通して語ったと言ってもよいのではないか。
前著で石原はイスラエルのプロ野球に集まった選手たちを「プロスペクト」「野球労働者」「バケーション」「自分探し」と分類したが、この本では、このうち主として「自分探し」に属する選手たちの生態、心理を追いかけている。
ベースボール・レジームによって周辺国に広がり、レベルが低下したプロ野球は、アメリカ野球の底辺に独立リーグを勃興させた。MLB、マイナー・リーグを補完する役割を果たす独立リーグもあるが、レベルの低い選手を低賃金で雇用し、刹那的な興行をするリーグもある。中には、賃金を払うのではなく、逆に選手から金をとるリーグさえある。
ペコス・リーグに代表されるプロとは名ばかりのそういうリーグには、「バケーション」「自分探し」の選手が多数在籍している。
日本の独立リーグも大きくとらえれば、ベースボール・レジームの広がりの中で生まれた。
四国アイランドリーグplusやルートインBCリーグは毎年NPBに選手を送り出し、NPBを補完するファーム・リーグの役割を果たしている。
しかし関西独立リーグ、その派生たるフューチャーズ・リーグは運営基盤が脆弱だったうえに、運営方針がたびたび変わり迷走を続けた。ついにはリーグを存続させるために無給化する。そして四国やBCをクビになった選手など、実力の劣る「自分探し」の選手を集めるに至るのだ。

この本では「自分探し」のためにあちこちの独立リーグを彷徨する選手を「ノマド・リーガー」と呼んでいる。ノマドとは「遊牧民」のことである。
彼らの多くは無名校の出身で甲子園には縁がなく、ドラフトにかかることはなかった。また、大学も野球には縁のない学校に進んだものが多い。
しかしプロ野球への夢断ちがたく、トライアウトを受けて独立リーグに入団するのだ。実力がないからそこでの成績は芳しくない。戦力外になることも多い。しかし彼はあきらめがたく、さらに下位のリーグに身を投じるのだ。
彼らの多くはNPBでプレーすることはほとんど不可能であることを自覚している。しかしそれでもプロ野球選手であることに固執する。
これまでこういう若者は「夢をあきらめない」と肯定的に紹介されることが多かった。しかし石原は、成功する可能性が限りなくゼロに近い彼らのトライアルを、身もふたもない言い方で切って捨てる。
それは彼がそういう人間だからではない。中高一貫の私立高校の教師であり、野球ではないにせよ「自分探し」のためにドロップアウトする教え子を見てきたからである。ミュージシャンの夢を捨てきれず、ストリートミュージシャンになるという女子生徒に石原は言葉を失うのだ。
「語学留学」「バックパッカー」「ワーキングホリデー」そして「ノマド・リーガー」。こうした「自分探し」にはまり込む若者は、今の日本社会では、下層階級に堕ちることにつながりかねない。石原はそれを「降竜門」とまで言っている。
鋭いのは、こうした行動に走る若者の多くが「ゆとり世代」に属するという指摘だ。
社会のスタートに立った時点から習熟度が他の世代よりも低く、意識レベルも少し幼稚な彼らは、世代的に大きな窪みとなっているのかもしれない。
後半では、日本のみならず海外をさ迷い歩くノマド・リーガーも紹介している。こうしたノマド・リーガーに対して、いいかげんな独立リーグをあっせんするエージェントさえ存在しているのだ。

読了して、今の日本の生きにくさを改めて感じ、ため息が出た。
他の国では「自分探し」の旅の果てに30歳近くで正規の職に就き、社会の上層部に昇る人も珍しくない。
しかし雇用の流動性がないままに、貧富の格差が広がりつつある今の日本では「夢」や「自分探し」を少し長く続けることが、キャリア形成の致命的な欠損になりかねないのだ。
私はここ2年ほど、四国アイランドリーグplusの経営者に話を聞いているが、彼らが異口同音に「NPBに選手を送り込むのも大事だが、見込みのない選手に野球をあきらめさせて、他の仕事に就かせることも我々の仕事だ」と言ったのが強く心に残っていた。
石原のこの本を読んで、それがノマド・リーガーに対する救いの手であることが認識できた。
もう一つ思ったのが、昨今の40歳を過ぎてもなかなか引退しないベテラン選手のことだ。彼らは「自分探し」をしているわけではないが、野球の世界を離れて現実社会に身を投じることの恐怖のために、モラトリアムを続けているという点では、ノマド・リーガーに近いのかもしれない。
石原も(私もそうだが)、正規のルートを踏み外さず歩いてきた人ではない。実のところノマド・リーガーにはシンパシーを感じている。最後に石原がノマド・リーガーにエールを送ったことで救われた気がした。
石原のこの二部作はプロ野球や独立リーグを社会とのつながりの中で理解することに大いに役に立つ。
問題意識を持って野球のこれからを考える人には必読だと思う。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
2015年髙橋朋己、全登板成績【前半クローザー、後半セットアッパー】
発売しました!


ベースボール・レジームによって周辺国に広がり、レベルが低下したプロ野球は、アメリカ野球の底辺に独立リーグを勃興させた。MLB、マイナー・リーグを補完する役割を果たす独立リーグもあるが、レベルの低い選手を低賃金で雇用し、刹那的な興行をするリーグもある。中には、賃金を払うのではなく、逆に選手から金をとるリーグさえある。
ペコス・リーグに代表されるプロとは名ばかりのそういうリーグには、「バケーション」「自分探し」の選手が多数在籍している。
日本の独立リーグも大きくとらえれば、ベースボール・レジームの広がりの中で生まれた。
四国アイランドリーグplusやルートインBCリーグは毎年NPBに選手を送り出し、NPBを補完するファーム・リーグの役割を果たしている。
しかし関西独立リーグ、その派生たるフューチャーズ・リーグは運営基盤が脆弱だったうえに、運営方針がたびたび変わり迷走を続けた。ついにはリーグを存続させるために無給化する。そして四国やBCをクビになった選手など、実力の劣る「自分探し」の選手を集めるに至るのだ。

この本では「自分探し」のためにあちこちの独立リーグを彷徨する選手を「ノマド・リーガー」と呼んでいる。ノマドとは「遊牧民」のことである。
彼らの多くは無名校の出身で甲子園には縁がなく、ドラフトにかかることはなかった。また、大学も野球には縁のない学校に進んだものが多い。
しかしプロ野球への夢断ちがたく、トライアウトを受けて独立リーグに入団するのだ。実力がないからそこでの成績は芳しくない。戦力外になることも多い。しかし彼はあきらめがたく、さらに下位のリーグに身を投じるのだ。
彼らの多くはNPBでプレーすることはほとんど不可能であることを自覚している。しかしそれでもプロ野球選手であることに固執する。
これまでこういう若者は「夢をあきらめない」と肯定的に紹介されることが多かった。しかし石原は、成功する可能性が限りなくゼロに近い彼らのトライアルを、身もふたもない言い方で切って捨てる。
それは彼がそういう人間だからではない。中高一貫の私立高校の教師であり、野球ではないにせよ「自分探し」のためにドロップアウトする教え子を見てきたからである。ミュージシャンの夢を捨てきれず、ストリートミュージシャンになるという女子生徒に石原は言葉を失うのだ。
「語学留学」「バックパッカー」「ワーキングホリデー」そして「ノマド・リーガー」。こうした「自分探し」にはまり込む若者は、今の日本社会では、下層階級に堕ちることにつながりかねない。石原はそれを「降竜門」とまで言っている。
鋭いのは、こうした行動に走る若者の多くが「ゆとり世代」に属するという指摘だ。
社会のスタートに立った時点から習熟度が他の世代よりも低く、意識レベルも少し幼稚な彼らは、世代的に大きな窪みとなっているのかもしれない。
後半では、日本のみならず海外をさ迷い歩くノマド・リーガーも紹介している。こうしたノマド・リーガーに対して、いいかげんな独立リーグをあっせんするエージェントさえ存在しているのだ。

読了して、今の日本の生きにくさを改めて感じ、ため息が出た。
他の国では「自分探し」の旅の果てに30歳近くで正規の職に就き、社会の上層部に昇る人も珍しくない。
しかし雇用の流動性がないままに、貧富の格差が広がりつつある今の日本では「夢」や「自分探し」を少し長く続けることが、キャリア形成の致命的な欠損になりかねないのだ。
私はここ2年ほど、四国アイランドリーグplusの経営者に話を聞いているが、彼らが異口同音に「NPBに選手を送り込むのも大事だが、見込みのない選手に野球をあきらめさせて、他の仕事に就かせることも我々の仕事だ」と言ったのが強く心に残っていた。
石原のこの本を読んで、それがノマド・リーガーに対する救いの手であることが認識できた。
もう一つ思ったのが、昨今の40歳を過ぎてもなかなか引退しないベテラン選手のことだ。彼らは「自分探し」をしているわけではないが、野球の世界を離れて現実社会に身を投じることの恐怖のために、モラトリアムを続けているという点では、ノマド・リーガーに近いのかもしれない。
石原も(私もそうだが)、正規のルートを踏み外さず歩いてきた人ではない。実のところノマド・リーガーにはシンパシーを感じている。最後に石原がノマド・リーガーにエールを送ったことで救われた気がした。
石原のこの二部作はプロ野球や独立リーグを社会とのつながりの中で理解することに大いに役に立つ。
問題意識を持って野球のこれからを考える人には必読だと思う。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
2015年髙橋朋己、全登板成績【前半クローザー、後半セットアッパー】
発売しました!
コメント
コメント一覧
>ミュージシャンの夢を捨てきれず、ストリートミュージシャンになるという女子生徒に石原は言葉を失うのだ
自分の周りにもこのような人間がおり、思うところがあります。
しかし、書評が面白いと実際に本を読むのが億劫になりますね 笑
映画の予告に満足して本編は見ない、みたいな。
自分も書評がいいので本を買って読んでみたくなりました
広尾氏の意見にけっこう批判してしまうことも多いですが 笑
いつも楽しんでブログを読ませてもらってますし、国際的な野球の話、独立リーグの話は特に興味深く読ませてもらっています
鋭い指摘ですね。彼らは自らは認めないと思いますが、そういう気持ちが内心にないとは言えないでしょう。
野球選手にも様々なタイプがおり、中には頭脳明晰で勉学に秀でた者もいますが、多くは少年野球から強豪校に選ばれ、そのまま甲子園や大学リーグを経てプロに入ったエリートスポーツマンです。日々ひたすら練習に明け暮れ、「授業中は睡眠時間だった」と語る者も少なくありません。
こと野球の世界では他を圧する能力があるものの、そこから一歩踏み出して一般社会に入ってみると、むしろ他人よりもずっと劣っている自らの姿に気づく。この経験はやはり恐怖でしょう。
若者のほとんどがゆとり世代なので、ノマド・リーガーも当然そうなりますよね。
同時に、プロ野球選手志望であれ、どんな分野であれ、大志を抱き大きな夢を語る割に、どんな困難にも立ち向かう覚悟が足りない精神性を感じます。
昔ある人から聞いた言葉。
大きな夢に向かい実現しようとすることは、灼熱の太陽に向かっていくようなもの。
もし背を向けて逃げようとすれば、自分自身の陰を見続けることになる。
焼け死ぬ覚悟を決めて立ち向かう時に初めて陰が消える。
京都大学卒業の千葉ロッテマリーンズ田中のお父様が息子に向けたメッセージ、「地獄を見てこい」というのが、すごく説得力のある言葉に感じたのを思い出しました。