NPBに「外国人枠」が明文化されたのは1952年のことだ。このころからメジャー・リーガー、マイナー・リーガーの入団が増えていたからだ。
日米野球戦績

1950年代、外国人枠が設定された理由は明白だ。
この時期、NPBは、MLBはおろかAAAにも歯が立たなかった(サンフランシスコ・シールズは、マイナー最強チームであり、MLB級だったとは言われているが)。
1953年に米軍基地に勤務していたレオ・カイリーがパートタイマーとして毎日でプレーした。カイリーは2年前に17試合だけレッドソックスで投げた投手だったが、日本では6戦全勝ERA1.80に加え19打数10安打.526を記録した。
大人と子供ほどの差があったのだ。
もし、外国人枠がなければ、球団はマイナーでくすぶっている選手を安価で次々と獲得し、NPBは外国人選手だらけになっていただろう。
そういう事態を避けるためにも、外国人枠は必要だったのだ。
興味深いことに、10年ごとの日米野球の勝敗を見ていくと、60年代には日本の勝率は3割を超すが、そこからずっと横ばいなのだ。
60年代にNPBは球場の整備や大卒の有力選手の入団などでレベルがアップした。これによってMLBとの実力差が縮まった。
しかし以後は、NPBはもちろん進化しただろうが、MLBも様々な改革を経て進化を続けてきた。黒人の受け入れ、西海岸への進出、中南米の人材の流入、FA制度、エクスパンション。
これによって、実力的な格差は1960年当時からあまり縮まっていないのではないか。
2001年にイチローがMLBに挑戦してから日本人選手のMLB移籍が相次いだ。これとともに日米野球の存在意義はやや薄れた。
最近は日米ともに真剣勝負というニュアンスは薄れているのは事実だろう。
また、WBCの戦績などを見れば、NPBがMLBに次ぐ実力を有しているのも明らかだ。
しかしながら、MLBでの日本人選手の活躍が限定的なものにとどまっていること、今もマイナークラスの外国人選手がNPBで大活躍をしていることなどを考えると、彼我の差はそれほど変わっていないのではないか。勝率3割台。3戦すれば1勝2敗のままなのではないか。
しかしそれでも、外国人枠の撤廃は必要だと思う。以下、次稿。
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