虚構のリアリズム「キャプテン」を語る上で見逃せないのが「大人、社会対こども」の対立だ。2つのエピソードから紹介する。
◆青葉学院の「選手数オーバー事件」
谷口タカオがキャプテンになった墨谷二中は急速に力をつける。墨谷は地区大会で、谷口が元いた青葉学院と対戦する。
全国大会までは二軍しか出場させない青葉だったが、墨谷は谷口以下が二軍投手を打ち崩すなど、予想外の展開となったため、青葉はエース(佐野)をはじめとする一軍を急きょ呼び寄せ、次々と交代させる。
しかし中学野球では出場できる選手は14人までと決められている。審判はこれを伝えるが、青葉の部長は「どこにも書いていない」とこれを拒否し、なおも選手を交代させる。
途中から出場した一軍選手の前に、墨谷二中は惜敗する。青葉学院は全国大会に出場し、優勝する。
大会の後、墨谷二中を訪れた毎朝新聞の記者はナインから青葉が出場選手数で不正を働いたことを聞く。記者は墨谷二中のスコアブックを動かぬ証拠として、中学野球連盟にこれを通報。
加納治五郎をほうふつとさせる連盟会長は、青葉の部長を呼びつけ、事実関係を糺したうえで、「墨谷二中と青葉の再戦」を決定。この勝者を全国優勝にすると宣言した。
墨谷二中と青葉は、全国注視の中再戦し、墨谷が激戦を制する。谷口にとっては中学最後の試合となった。
よく考えれば、おかしな話だ。出場選手数の規定が明文化されていないこともあり得ないし、地区大会とはいえ、メディアが試合の取材をしていないことも、その不正を問題にしないことも考えられない。
また、一度決めた優勝校を反故にして、再試合させることもあり得ない。
荒唐無稽な話なのだが、全体としては異様なリアリズムがある。
72年は、70年安保の余韻が残る時代だった。米では反戦運動が高まり、カウンター・カルチャーが勃興していた。
日本の野球界では「黒い霧事件」が起こり、多くの選手が球界を追われた。
今まで「正しいことをしている」と思っていた「大人」が、実は邪なことをしている。そういうことが、次々と明るみに出てきた。
そういう世の中の動きをずっと見ていた子どもたちが「キャプテン」のこの部分を、異様な興奮とともに読んだことは想像に難くない。
大人は不正をする。しかし、その不正は権威者によって糺され、最後は子どもが勝つ。「きゃぷてん」の単純だが、強いメッセージが、子どもたちの胸を強く打ったのだ。
5年後に起こった「江川事件」は、強者が強者であり続けるために行った不正だが、私はこの時に青葉学院のサングラスの部長のことを思ったものだ。

◆選抜大会辞退事件
イガラシがキャプテンになって、前年、地区大会で優勝しながら消耗が激しかったために全国大会出場を辞退した轍を踏まないために、徹底的なスパルタ練習を実施する。
早朝から夜まで続く猛練習によって、多くの選手がドロップアウトするが、踏みとどまった1年生の一人、松尾直樹は、勉強のために練習を抜けさせてくれ、とイガラシに頼む(あとでわかったことだが、松尾は塾に通っていた)。
イガラシはこれを了承するが、松尾の母は中学生の本分をなおざりにした野球部の猛練習を問題だとして、父母会を招集する。
校長も出席した父母会では、近藤の父のように「優勝するためには猛練習もやむを得ない」という意見もあったが、松尾の母は強硬に反対する。
その直後に、練習中の松尾が負傷。墨谷二中は選抜大会を出場辞退する。
「勉強と野球の両立」も学校野球の重要なテーマになっている。
松尾の母はヒールとして描かれているようだが、彼女の主張は今読めば、もっともなものだった。
また、父母会での松尾の母、近藤の父、校長などのやり取りも、よく練られた、本当にリアルな内容だったと思う。
大人ならば、このようにやり取りをして、話をまとめていくだろう、そう思わせるリアリティがあった。
「キャプテン」は、子供向けに書かれた素朴な野球漫画だが、子どもが喜びそうな「夢」を描くだけでなく、外側の社会、大人の世界もしっかり描いている。
子どもの世界に常に干渉してくる「大人」を対置することで、この漫画は深みをまし、掻かれてから40年以上たっても色あせることがないのだ。
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全国大会までは二軍しか出場させない青葉だったが、墨谷は谷口以下が二軍投手を打ち崩すなど、予想外の展開となったため、青葉はエース(佐野)をはじめとする一軍を急きょ呼び寄せ、次々と交代させる。
しかし中学野球では出場できる選手は14人までと決められている。審判はこれを伝えるが、青葉の部長は「どこにも書いていない」とこれを拒否し、なおも選手を交代させる。
途中から出場した一軍選手の前に、墨谷二中は惜敗する。青葉学院は全国大会に出場し、優勝する。
大会の後、墨谷二中を訪れた毎朝新聞の記者はナインから青葉が出場選手数で不正を働いたことを聞く。記者は墨谷二中のスコアブックを動かぬ証拠として、中学野球連盟にこれを通報。
加納治五郎をほうふつとさせる連盟会長は、青葉の部長を呼びつけ、事実関係を糺したうえで、「墨谷二中と青葉の再戦」を決定。この勝者を全国優勝にすると宣言した。
墨谷二中と青葉は、全国注視の中再戦し、墨谷が激戦を制する。谷口にとっては中学最後の試合となった。
よく考えれば、おかしな話だ。出場選手数の規定が明文化されていないこともあり得ないし、地区大会とはいえ、メディアが試合の取材をしていないことも、その不正を問題にしないことも考えられない。
また、一度決めた優勝校を反故にして、再試合させることもあり得ない。
荒唐無稽な話なのだが、全体としては異様なリアリズムがある。
72年は、70年安保の余韻が残る時代だった。米では反戦運動が高まり、カウンター・カルチャーが勃興していた。
日本の野球界では「黒い霧事件」が起こり、多くの選手が球界を追われた。
今まで「正しいことをしている」と思っていた「大人」が、実は邪なことをしている。そういうことが、次々と明るみに出てきた。
そういう世の中の動きをずっと見ていた子どもたちが「キャプテン」のこの部分を、異様な興奮とともに読んだことは想像に難くない。
大人は不正をする。しかし、その不正は権威者によって糺され、最後は子どもが勝つ。「きゃぷてん」の単純だが、強いメッセージが、子どもたちの胸を強く打ったのだ。
5年後に起こった「江川事件」は、強者が強者であり続けるために行った不正だが、私はこの時に青葉学院のサングラスの部長のことを思ったものだ。

◆選抜大会辞退事件
イガラシがキャプテンになって、前年、地区大会で優勝しながら消耗が激しかったために全国大会出場を辞退した轍を踏まないために、徹底的なスパルタ練習を実施する。
早朝から夜まで続く猛練習によって、多くの選手がドロップアウトするが、踏みとどまった1年生の一人、松尾直樹は、勉強のために練習を抜けさせてくれ、とイガラシに頼む(あとでわかったことだが、松尾は塾に通っていた)。
イガラシはこれを了承するが、松尾の母は中学生の本分をなおざりにした野球部の猛練習を問題だとして、父母会を招集する。
校長も出席した父母会では、近藤の父のように「優勝するためには猛練習もやむを得ない」という意見もあったが、松尾の母は強硬に反対する。
その直後に、練習中の松尾が負傷。墨谷二中は選抜大会を出場辞退する。
「勉強と野球の両立」も学校野球の重要なテーマになっている。
松尾の母はヒールとして描かれているようだが、彼女の主張は今読めば、もっともなものだった。
また、父母会での松尾の母、近藤の父、校長などのやり取りも、よく練られた、本当にリアルな内容だったと思う。
大人ならば、このようにやり取りをして、話をまとめていくだろう、そう思わせるリアリティがあった。
「キャプテン」は、子供向けに書かれた素朴な野球漫画だが、子どもが喜びそうな「夢」を描くだけでなく、外側の社会、大人の世界もしっかり描いている。
子どもの世界に常に干渉してくる「大人」を対置することで、この漫画は深みをまし、掻かれてから40年以上たっても色あせることがないのだ。
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あの再試合では、青葉学院の監督がイガラシや谷口を疲弊させるために、「ファール打ち」を指示するシーンがありました。
結果、墨谷二中の観客席のみならす、青葉学院の観客席からもヤジが飛んでしまい、打者の中野が耐えられずに打ちに行きダブルプレー、という場面です。
この監督は、「本当の満足感は勝った者が得られる」ということを説教して、さらに佐野には敬遠の指令を出しました。
でも最後は、勝負出来ないのは悔しい、勝負したいという佐野の気持ちを汲み勝負させて、谷口にサヨナラヒットを打たれる。
でも最後は両軍スタンドから盛大な拍手が起きた。
その影響からか私は、過度な敬遠やカット打法には原則反対しています。
そのくだりは、1992年の甲子園での明徳義塾での松井秀喜を5打席連続敬遠の時、2013年の甲子園で花巻東の千葉がカット打法を使ったときに思い出し、ちばあきお氏が没後に高校野球で起きたことに驚きました。
ちなみに谷口が進んだ墨谷高校は、東京都立墨田川高校をモデルにしているとのこと。
そう、あの王貞治が高校受験であと1点足りずに不合格だった墨田川高校です。
私もあのシーンはとても印象に残っています。当初はヒールとして登場したかに見えた青葉の部長ですが、とても好きなキャラクターの一人です。最初は満塁で谷口を敬遠するように指示しますが、最後は「勝負して来い! お前たちのあらん限りの力で勝利をかちとって来い!」と言い、言われた佐野は最高のタマを投げる。
残念ながら谷口に打たれ、試合は負けてしまいますが、部長は怒らず、「あれを打たれたんじゃ仕方がない。勝者に拍手してやらんか」と優しく言うじゃないですか。いい人なんだなあと思います。