高校ラグビーは今日が決勝。東海大仰星の3冠なるかが話題になっている。実は、昨年11月に、東海大仰星ラグビー部の湯浅大智監督にインタビューした。
依頼主があってのインタビューだったので、その内容はつまびらかにはできないが、湯浅監督の言葉で強烈に記憶に残っているものがある。それだけは紹介したい。

「一言でいえば、ラグビーとは流動的でカオスな状況の中で自分たちの隊形をいかに整えていくか、なんです。頭が良くないと絶対に勝っていけない。42.195㎞を走りながら、チェスをしながら途中で100mダッシュをしたり、いきなりレスリングもしたりする、まさにファイナルスポーツだと思います」

これほど自分たちの競技を的確に、魅力的に表現した言葉を私は知らない。
湯浅先生は「勉強ができない子供はラグビーも伸びない」とも言った。また「読書や映画、音楽鑑賞などで感性を磨く必要もある」と言った。
このとき、キャプテンにも話を聞いた。たまたま私と同じ町の出身だったが、彼も知的で、明るくて、目がよく動くいい青年だった。体育会系というより、ごく普通の青年という印象だった。彼は「自分はラグビーを通して周囲の人に何ができるかを考えている」と語った。

それにひきかえ、という話題で申し訳ないのだが、野球の指導者で「勉強ができないと」「感性を磨かないと」だめだという人がどれくらいいるか。

野球の指導者は、生徒たちに常に「野球まみれ」になることを求める。24時間、365日、野球漬けになることが、上達の道であり、将来が開けると説く。
そのうえで、絶対的な人間関係を押し付けることが多い。
今週号の「週刊ベースボール」の高田博史さんが書いておられる四国アイランドリーグplusのコラムで、昨年のドラフトにかかった選手が
「大学に行くと先輩の世話や雑用に追われ、自分の練習の時間が取れないから」独立リーグを選んだ。と言っていた。
昔と比べれば変わってきてはいるのだろうが、結局、野球は選手たちに遮眼帯をつけて全力疾走する競走馬のようになる、ことを求めている。

高校野球の名物監督たちは、そういう環境が一番良いと信じて疑わない。野球をすることで、厳しい練習に耐えることで、指導者や先輩に盲目的に従うことで、野球がうまくなるだけでなく、人間的にも成長する。常人とは違う「根性」が身につく。まさに「一時は万事に通ず」だ。それが高校野球だ、と。

感性や社会性が身につく頭が柔らかい時期に、野球しかしない。先輩との絶対的な上下関係しか知らない、そんな生活をずっと続けることが、果たして良いのだろうかと思わざるを得ない。

野球選手に話を聞くといつも思うのだが、彼らは「自分は一般の人とは異なる半生を送ってきた」と自覚している。そして「一般の人にはわからないだろう」という意識を持っている。中には佐々木信也さんや青島健太さんのようにそうではない人もいるが、多くの野球人は、まるで修行僧や何かの宗教の信徒であるかのように内向きで、閉鎖的な印象を受ける。まさに「体育会系」であり「一つのことしかやってこなかった人」のかたくなさを感じるのだ。PL学園出身者のトークなどを聞くと、それを強く思う。

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最近、日本では、野球というスポーツが限界を迎えているように強く感じている。
さまざまな要因があるが、せんじ詰めれば「野球のことしか知らない人間」が、「野球のことだけ」を考えているからではないかと思う。
社会の動きや、人々の価値観の変化、アートや音楽や文学のトレンドなどを一顧だにすることなく、己がことだけを考えている。
申し訳程度にボランティアはするが、あたかも「自分たちは世の中とは関係がない」と思っているかのように、利己的で、閉鎖的である。

ラグビーやサッカーなどのスポーツも、昔はそうだったかもしれないが、今はそうではない。社会とのかかわりの中で生きていくことを強く自覚している。スポーツの普及を通して、市民社会の一員として生きて行こうとしている。

四国に独立リーグが出来たとき、地元の人々は冷淡だったという。
「お前らは勝手にやってきて野球をしている。それで我々に何を残してくれるのか」
鍵山誠CEOは、このときに「地域貢献をしなければ、独立リーグは生きていけない」と痛感したという。

NPBは全盛を誇っているが、プロ野球は、一般市民や、社会のために、何をすることができるのか。世の中の動きに、どのようにかかわっていくのか。
その問いかけがなされるときが、必ず来ると思う。

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