アメリカの少年野球の状況を紹介した。これを踏まえたコメント。

アメリカの少年野球は「一握りの選手」ではない|野球があぶない!

アメリカで子供にスポーツをさせればいくらかかるのか「一握りの選手」|野球があぶない!

変革を迫られている「部活」「一握りの選手」|野球があぶない!



他のチームに移るのは裏切者
xyz

高度成長期にまでは、1つの会社にとどまるよりも、他の会社を渡り歩く人の方が普通でした。しかし、高度成長期にたまたま1社にとどまった方が企業も労働者もお互いに利点が大きい仕組みが日本にも登場しました。その企業の仕組みに文字通り順応しているのが、日本の部活動体制です。自由に他の部活に移動することができない、複数の部活を掛け持ちするのは原則できない、などを子どものうちから日本流労働観としてたたきこめば、立派な会社人間が育成できます。
他のチーム(会社)に移るのは裏切者、独立して新しいチームを作るのはクーデータなんていう扱いがされるのも、日本の社会ならではです。
部活動を学校教育から切り離す、学校は場所施設等を安く利用者に貸し出すだけの役割にとどめる、というのが最適解なんでしょう。

あさのあつこの「バッテリー」を思い出した
万年補欠部員

『3年間下積みはネグレクトに近い』
僕自身中学と高校でバスケットボールをやっていましたが、
補欠に追いやられ雑用と応援だけの日々を送り
結局スポーツが嫌になってやめてしまいました。
補欠制度は日本のスポーツ界の大きな癌組織のようなものだと思います。
アマチュアスポーツの発展、逸材の発掘のどちらにおいても障害になっていることは間違いないと思います。
僕は野球のことはよくわかならいのですが、
この記事を読んであさのあつこさんの「バッテリー」を思い出しました。
天才で横暴な主人公原田巧にポジションを奪われた3年生の展西が巧にリンチ行為を行う描写があり、
当時小学生だった僕は「ひどい先輩だ」としか思わなかったのですが
部活を経験してからは展西に共感すら覚え、自分も展西になりかねないと自分の凶暴さに恐ろしさを感じました。
作中で展西は学校では模範的な生徒として描かれ
規律に厳しい顧問にも従順でした。
一方で巧は協調性は皆無で顧問に反発をするのですが、
圧倒的な才能を見せつけられた顧問がとうとう巧のわがままを受け入れてしまい、
展西の怒りを買うことになったのです。
展西は巧をリンチしましたが、彼が本当に怒っていたのは巧ではなく顧問に対してでした。
「先生が一番悪いと思いますよ。先生が原田のやりかた、認めたんじゃから。そして、おれたちにだって意地はありますから」
このセリフはエリート主義による被害者たちの指導者に対する精一杯の批判が込められていると僕は思います。

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グラスルーツは「補欠ゼロ」だけじゃない
takase

自分はこの一連のエントリでグラスルーツのことを知ってネット上で見られるものを少し読んだくらいなのですが、とても興味深いのでもっと詳しい話を聞いてみたいです。今のところ『補欠ゼロ』という文字面に引っ張られすぎているんじゃないかと感じることがちらほらあります。
グラスルーツには他にも『引退なし』『障害者サッカー』『他スポーツとの協働』『施設の確保』『社会的課題への取り組み』という五つのキーワードがありますが、これらは別々に成り立っているのではなく、グラスルーツという一つの理念を異なる方向から見たもので、それぞれが密接に関わりあっているものと言っていいはずです。
もちろん競技や環境が違うのでそのまま移植するのは無理にしても、参考にできる部分は多々あるように感じます。
グラスルーツに関して感心したことを一つ。
サッカーは日本代表を頂点としたピラミッド式だと思っていたのですが、グラスルーツの視点からはそうではないという話が面白かったです。日本代表を頂点としてトップダウンで進める「強化のピラミッド」の存在も認めつつ、グラスルーツはボトムアップ式で様々な価値観のサッカーが並立する「長屋型」を目指すと。『他スポーツとの協働』を掲げるくらいですし、この押し付けのなさはとても魅力的に映ります。
そもそもグラスルーツの枠組みにプロや日本代表は入らないというのも意外だったのですが、JFAが日本サッカー界全体を統括しているという強みが感じられます。NPBの普及活動がどうしてもプロ野球界からの視点で、競技レベルの上昇とかピラミッドの底辺拡大とか夢を与えるとか、厳しく言えば「幅の狭い価値観に基づく上から目線」になってしまうのと差を感じてしまいます。高校野球の問題を考えても、野球界の分断はかなり重要な課題であるような気がします。

ミッションをこなすことは人を成長させる
G3

下積みにしろなんにしろ、与えられた立場を受け入れ、ミッションをこなすことは人を成長させる効用があると思います。
それはそれとして、非レギュラーの球児が出場できる大会は用意するべきですね。

兼部を認めない日本の体育会系
seriseri

日本ではいわゆる兼部は体育会系では基本的に認められないですよね。週6-7日練習と拘束時間が長いのもありますが。
私も高1の時、軟式野球部に春の一時期(いわゆる体験入部的なの)でおりましたが、文化系の部活にも顔を出している(練習は休みの日だったのに)のがバレて、監督に呼び出されました。
監督「お前はかなり見込みがある。このままなら夏はベンチに入れられるだろうし、秋にはレギュラーも見えてくるぞ。どうだ、兼部なんかしないで、一つのことに専念したら良いのではないか」
私「わかりました、ありがとうございます。野球部辞めます」
というやり取りで辞めました。兼部禁止なんてやってられんって思ったのです。
その後、その文化系の部活加えて、應援、その他合計3つ4つに自然保護関係のNPOのボランティアまでやったりしてました。そういう子だっているんだと思うんですけどね。。。

何の対策もしないでは一定の地位の維持すらできない
seriseri

競技の選択肢が増えれば、相対的に地位が低下するけれども、一定の割合を占めて共存できるということについて。
確かにその傾向はあるでしょうけれども、それでも上位にいても選手を増やすために、より大きなパイを獲得するために必死に動いた結果の一定の地位の維持と、いずれにせよ一定の地位には居続けることが可能だから対策しなかった結果の一定の地位の維持とでは天と地ほどの差があるように思います。
少なくとも何の対策もしない胡坐をかいた格好では一定の地位の維持すらできないと考えますが。。。


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