昨日、ノーネック・ウィリアムスの死去を紹介して、彼が東映、日拓が日本ハムとなって2人目の外国人打者であることに気が付いた。日ハムはいい外国人が多い。調べてみることにした。
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日拓ホームフライヤーズが日本ハムに買収されて、日本ハムファイターズになったのは1974年のことだ。パでDH制が導入される前年に当たる。
この年、日ハムの外国人はスワッピングで有名なマイク・ケキッチとテリー・レイの両左腕。打者はいなかった。
翌年のジェスターが最初の外国人打者。細身の三塁手だった。ジェスターは翌年大洋に行ってゲーリーとなった。
で、その次がミッチェル、ウォルト(ノーネック)・ウィリアムスの凸凹コンビ。
ウィリアムスは2年で帰国し、ミッチェルの相手はロックレア、ユーイングと変わる。

1980年にトミー・クルーズ、トニー・ソレイタのコンビに変わる。ソレイタは「サモアの怪人」と呼ばれる長距離砲、81年には本塁打を獲得している。クルーズは「クルーズ3兄弟」の真ん中。兄ホセはアストロズ、弟ヘクターは巨人で活躍。トミーはシュアな中距離打者だった。クルーズ、ソレイタは日ハムで最も成功したコンビだろう。ソレイタは米領サモアに帰国してトラブルに巻き込まれて殺された。

1986年からはブリュ―ワ、パットナムのコンビになる。このコンビは2年で終わるが、ブリュ―ワは1年のブランクを経て復帰。4年で3回3割を打った。

イースラー、デイエットのコンビも思い出深い。イースラーはMLBで14年もプレーした大物だったがすでに38歳。打った後バットを頭上で振り回す“超アッパースイング”ともいうべきフォームで話題だった。
デイエットはいまだに大阪球場での「デイエット!チキチンチン」という鉦、太鼓の応援コールが耳に残っている。日本ハムの本社は大阪だが、関西の日ハムファンは少なかったので、応援もしょぼかった。

1990年にきたウィンタースは4年連続で30本。プロ野球ニュースで雨の日に水たまりでダイブする映像が紹介されて人気になった。かれも成功者だろう。

1997年のナイジェル・ウィルソンは本塁打王2回、打点王1回。荒っぽい打者だった印象がある。のちに近鉄。
ブリュ―ワもそうだが、日本ハムは故障で働けなくなった外国人選手に1年間、猶予を与えることがしばしばある。このウィルソンも99年膝の故障で6試合しか出られなかったが、翌年復活。外国人の使い方がうまいと思う。

2001年のオバンドー、ウィルソンのコンビは二人とも規定打席に達せず。これは1975年以来初めて。日ハムの外国人は、36シーズンにわたって最低1人の外国人がレギュラー野手として活躍したのだ。これは素晴らしい記録だ。

2004年のセギノールはオリックス、ヤンキースを経て入団。4年間日ハムでプレーし、楽天、オリックスと渡り歩いた。NPB通算8年。1年目に本塁打王を取ったが、以後の成績は平凡。このころから大した成績は上げないが、NPBで長くプレーする外国人が増える。
2008、2009と2012年にプレーしたターメル・スレッジもこのタイプだろう。



2010年、日ハムの外国人はケッペル、ウルフ、カーライルと投手だけになる。外国人野手が途切れた。
翌年からまた復活したが、最近の外国人野手はアブレイユが本塁打を取ったものの、あまり活躍していない。NPB全体が外国人野手に大きく依存しなくなったこともあるが、外国人のスカウトも不振なのだと思う。
今季は昨年三塁を守ったレアードだけ。ちょっと寂しい。


W.ウイリアムス、チーム別&投手別&球場別本塁打数|本塁打大全

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