週刊ポストが、今の選手がOBの名前を知らないことを報じている。
内海哲也はプロ野球キャンプを訪れた金田正一に
「カネムラさんですよね」と語り、何勝したか聞かれ「300何勝」と答えたという。
この時通りかかった広岡達朗が激怒して、選手を集めて雷を落としたという。
昨年1月の日本野球機構の新人選手研修会では、選手が衣笠祥雄のことを知らず、山本浩二が絶句したという。2006年キャンプの話。


内海哲也の祖父は、巨人軍草創期、川上哲治と一塁のポジションを争った内海五十雄だ。
敦賀気比高校から名が売れた投手だがドラフトでは「祖父がいた巨人以外は行かない」と宣言。オリックスの一位指名を蹴っている。背番号「26」は祖父譲りだ。

まさに「巨人軍の歴史」の中で生きてきたような選手だが、巨人の永久欠番「34」は知らなかった。他の文化教養はともかく、自分がやる職業の、しかも自分が所属する球団の歴史くらい知っておいてもおかしくないと思うが。
「巨人軍に行きたかった」のは「栄光ある巨人の伝統」を受け継ぐためではなかったようだ。

野村克也が、選手たちに「少しは本を読め」と言ったのはずいぶん昔の話だが、日本では野球選手は「野球だけをしていればいい」という風潮がずっと続いているのだ。
「野球バカ」を生産していると言われても仕方がない。第2第3の清原和博の予備軍を作っていると言ってもいいだろう。

以前に言った通り、昨年全国優勝した東海大仰星ラグビー部の湯浅大智監督は、
「これからのラグビーは運動能力やスタミナだけではなく、知性も重要だ。感性も必要だ。映画や芸術などを理解することもラグビーには必要だ」
と言った。野球との差は大きい。

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これも以前から言っているが、選手は野球を職業としているが、「野球文化」とはあまり縁がない。
来週には「東京野球ブックフェア」が世田谷である。私は2回目から参加しているが、ゲストや出店者以外のプロ野球OBが来ているのをみたことがない。
また、スポーツ紙の記者、関係者も報知新聞蛭間豊章記者を除き、ほとんど見たことがない。
侍ジャパンの関係者は顔をのぞかせるが、それ以外のNPB関係者も来ない。
「東京野球ブックフェア」は、野球の本のお祭りだ。そこに出展されるのは、ほとんどが「野球史」に関わる本や雑貨、グッズなどだ。
内海だけでなく、野球選手やその周辺の人々は、野球を商売にしているが、野球の歴史や先人の活躍に、それほど興味がないということがわかる。

野球選手は先輩やOBの人たちには直立不動で挨拶をするが、それは敬意を表しているのではなく、猿山のサルのような序列を守っているだけだ。
その礼儀はあくまで「身内」のものであり、組織を離れてしまえば、どんな大先輩でもただの年寄りになってしまうのかもしれない。

野球殿堂博物館には新人研修のカリキュラムの一環として、その年の新入団選手が団体で見学に行くことになっているが、それまでにこの博物館を訪ねたことのある選手はほとんどいないようだ。

私がMLBを好きになったのは1977年のことだ。野球殿堂博物館の前身である後楽園球場の野球体育博物館で「MLBの資料はどこにありますか?」と聞いて銀座のイエナ書房を紹介してもらった。
2階のスポーツのコーナーを見て驚いた。
巨大で豪華な野球本がぎっしりと並んでいたからだ。当時、アメリカでは「Baseball Encyclopedia」のような数千ページもある本がベストセラーになっていたのだ。
歴史の浅いアメリカでは、野球は「伝統文化」のようなものであり、その歴史を愛好する人の多さと熱意は日本の比ではない。



オールドタイマーズデーのようなイベントは、多くの観客を集める。
現役選手たちは、車いすに乗ったり、杖をついたOB選手の前にかしこまり、彼らの助言や励ましを一生懸命聞くのだ。
アメリカでは「野球」と「野球文化」のギャップはないのだと思った。

最近の球団は復刻ユニフォームを選手に着せたり、レジェンドを紹介するイベントをしたり、歴史の再利用に熱心だが、うわべだけのことに過ぎない。

間もなく「長嶋茂雄WHO?王貞治WHO?」という世代が現れる。NPBや球団は、球団の歴史を公的に顕彰し、過ぎし日に大活躍した選手たちをしっかりと選手やファンに紹介すべきだ。
「永久欠番」は実にいい加減なことになっているが、球団ごとの「殿堂」を設けるなど、歴史を資産として継承する動きをすぐにするべきだ。


1968年池田重喜、全登板成績【新人ながら5勝を上げる】

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