小林氏の記事がネットに上げられたので、改めてアップする。私の文章は以前のまま。
毎日新聞は、全4段で野球賭博に関する小林至氏のインタビュー記事を掲載した。
小林氏は、今回の一連の事件で、「野球賭博」と「円陣声出し金銭授受」は別物としたうえで、金銭授受は「ちょっと幼稚」だとした。

球団は野球賭博についての教育はしていた。しかし小林氏は今回の野球賭博事件は、球団に責任はないという。
「巨人は保護者でも管理責任者でもないのに、幹部が辞任したのは、プロ野球が契約社会として成熟していないことを露呈」したと言った。
契約社会では、球団は、被害者のはずだ。
球団は、即刻選手との契約を解除し、場合によっては提訴すべきだと言う。
アメリカでは損害賠償請求をされることもある。
選手会は、場合によってはクレームを入れることもある。

これは、小林至氏や豊浦彰太郎さんの持論である。アメリカ型の契約社会では、今回の巨人のような出来事は起こり得ないという。

選手は個人事業主であり、自己責任が原則だ。
「日本はこの点が主従関係に基づいた甘えの構造、曖昧」と断じる。しかし、選手を管理することは実際問題として無理だと言う。

私は、当サイトで、本来その通りだろうが、今の日本社会は、NPBだけでなく、こうした契約論、責任論が明確ではない。球団が管理責任を問われるのはやむを得ないと書いた。

野球賭博事件から見えてくるNPBの契約形態の異様さ|野球史

しかしながら、今後のプロスポーツのことを考えれば、小林氏の指摘は正しい。
このあたりの構造を変革しないことには、選手も、球団も、時代に取り残されていく。

小林氏はプロ野球選手の社会性が欠如していることについて
「野球のできる子は小学校の頃からスターで(中略)上の方のレールに乗った人はずっと特別扱いされていく」
「本来は(社会性を身に着ける)教育をあらゆるステージで、野球に関わる人すべてがやらないといけない」

とした。

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故佐野正幸氏は野球選手の社会性の欠如を

「ご馳走されても、物をもらってもお礼を言わない」
「何でもやってもらって当たり前と思っている」
「上の指令には恐ろしく従順である」


などの言葉で指摘した。

小学校からのスターだった「野球ができる子」は、中学で硬式野球を始めたころから、とにかく
「野球さえできればいい」
という仕込まれ方をする。そして、指導者や先輩には絶対服従。反論などとんでもないという環境で育つ。

その結果として、「自分の頭で考えない」「野球以外のことは知らない」野球選手が出来上がるのだ。

笠原将生、松本竜也のインタビュー記事を読むと、彼らが先輩や知り合いの誘いに応じて易々と野球賭博に手を染め、深みにはまっていくさまが見て取れる。
20代半ば、立派な社会人で、収入も人並み以上にある人間が、中学生のような幼い判断しかできないのだ。高木京介も同じようなものだ。

こういう実態を知れば、今のプロ野球選手は、頭の中身は「中学生並み」だから、球団は管理責任が発生するのだ、と言いたくなる。

プロ野球選手のこうした実態からは、日本の「体育会系」の致命的な欠陥が浮かび上がってくる。
野球のみならず、日本のアスリートが世界で活躍するためには「体育会系」の打破、新し教育の再構築が必要なのだ。

「我慢する」「いうことを聞く」「勝利」などの徳目に加えて「周囲を見る」「自分で考える」「成長する」などの考え方も取り入れていくべき時に来ているのだ。

それがとりもなおさず、野球賭博根絶、そしてプロ野球の健全化につながるのだと思う。

小林氏は契約社会の原則では、選手を教育するのは選手会の役割だと言っている。

今回の野球賭博事件では、選手会は知らんぷりを決め込んだ。利益追求型の三流労組のような態度だった。
選手会も改革すべき時に来ているのだろう。


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