あぶさんのエピソードの白眉は6巻の「祝酒」だと思う。
3巻で景浦は、富山県の薬売りの男田沼と知り合いになる。酒豪で、景浦と意気投合する。
この田沼の倅はドラフト指名されるほどの野球選手だったが、母が死んだため大学進学を志す。しかし不合格になり荒れていたときに景浦と知り合ったのだ(「軒醒め」)。
田沼の息子が1浪して大学に合格したと聞き、景浦はオープン戦の合間を縫って祝いに駈けつける。
田沼親子と景浦は、銘酒立山をじっくりと味わい、飲み明かすのだ。
しかし、もともと肝臓を傷めていた田沼は、その夜、帰らぬ人になる。
朝、景浦が顔を洗っているときに、息子がそれに気づく。
その描写が、本当に感動的だ。まるで日本映画の名作を見ているようだ。
私がこのエピソードの価値に気が付いたのは、オンタイムではなく、十分に年を食ってからだ。
この作品を描いたとき、水島新司は36歳。画の才能もさることながら、水島は脚本家、演出家としても一流になったと思う。
7巻では、不振の景浦が5000mを泳ぐ話「5,000メートル」。張本勲との野球談議「ピンチバット」が印象的だった。
8巻での景浦はすでに「ベテラン」の域に入り、引退の話さえ出てくる。29歳。水島自身もこんなに長く続くとは思わなかっただろう。年俸は336万円。通訳市原のエピソードが秀逸。
乱闘事件に巻き込まれ、野村監督が大虎にやってくる。
9巻では大沢親分、江夏豊、山口高志などとの交友が描かれる。鈴木啓示もライバルとして浮上。この漫画はリアルな選手が現実とリンクして濃密に登場するのが魅力だった。しかし間もなく、そのことが大きなネックになるのだが。
10巻、景浦はオールスターに初選出される。景浦は球宴で代打本塁打を打つのだが、これは新聞記事で伝えるのみ。話は描かず、義弟小林満がエースの白新が甲子園に行く話につなげる。この見切り方はすごいと思う。満は2本塁打するものの1回戦敗退。
11巻、義弟小林満が76年ドラフトで日本ハムに入団する。76年の年俸は360万円。オープン戦で小林満は義兄にぶつけてしまう。
12巻、2年間大切に育てられた藤田学がエースとして台頭。景浦は審判に暴行を働き退場になる。景浦の背番号「90」が巨人軍監督長嶋茂雄より2年早いことがこの巻で強調されている。これ、ちょっとした話題になったものだ。ノーネックウィリアムズも出ていた。
13巻、景浦は2度目のオールスター出場。そして運命の「野村監督解任」。景浦の傷心は、少年野球との交流の中で描かれている。
ここまで「あぶさん」では、野村克也は理想的な上司として描かれていた。基本的に水島漫画に悪人は出てこないが、大虎にも顔を出し、景浦にも良いアドバイスをするなど、漫画での野村克也は本当に魅力的だった。
しかし実際には、サッチー夫人が采配に口を出すなど公私混同が問題視され、門田博光など主力選手との軋轢も目立っていた。
漫画と現実のギャップを大きく感じた。
私にとって野村克也解任は、人生の最初の蹉跌と言ってもよい衝撃だった。とりわけ野村が、離婚していたことに衝撃を受けた。
「あぶさん」には野村と前夫人の間の長男が野村鷹一という本名で出てきている。
野村の前夫人は南海電鉄の役員の娘だった。
この巻では、野村がロッテに入団した話題もエピソードになっているが、現実とリンクする漫画は窮屈だと感じた覚えがある。
1977年の年俸は現状維持の336万円。

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コメント
コメント一覧
私がノムさん以外で印象的な人物は、ロッテの監督だった金やんです。山崎裕之があぶにスライディングされ負傷するも、紳士的な対応で観客から喝采を浴びたり、ひょんなことからロッテの情報を知りながらも、ノムさんに報告しなかったあぶの馬鹿正直さを讃えたりと、やたら好人物に描かれていましたね。本物の金やんだったら真っ先に飛び出して、あぶを恫喝する気がしますが。
(ときたまスタメンもありますが)
現実のレギュラー選手を1人押し出さなくてもいい点です。
ところが後半になるとそれを水島自身が破ってしまうんですよね・・・
私は年代的にこの作品の存在を知ったのがその頃なので、
後から初期の良さを知っただけに残念でした。
初期はゴルゴ13のような劇画に近い感じです。
中年の今になり思えば、彼らみたいな野球界の裏街道を歩む人達を描いてくれていたのが、引き込まれた理由です。
そういえば鈴木正氏は、元ベイスターズの古木を早くから見いだしていて、古木は一時期ホークス逆指名だったというくらい、人柄が素晴らしかったとのこと。
佐野氏は1976年に逝去、鈴木氏は2002年に逝去、時代の流れを感じる。