一昨日、昨日とNPBとJリーグの観客動員のボリュームや収益性について考えて、改めて痛感したことがある。

それは、「主語」についてだ。
Jリーグは「サッカーは」という主語で語るべきストーリーがある。
Jリーグは今、52ものクラブチームを作っている。
昨日来言ってきたように、収益性を考えるなら、浦和をはじめとする人気チームが揃っているJ1だけを運営するほうがはるかに効率的だ。
そこに資本と人材を投下すれば、NPBに追いつくような観客動員、売り上げを見込むことができるかもしれない。
しかし、Jリーグはそうしない。
Jリーグ、そして日本のサッカー界には「百年構想」という大きな目標があるからだ。

日本各地に市民がスポーツを楽しむ拠点を作る。そこでは市民は、サッカーをはじめとする(サッカーだけとは言わない)スポーツに親しむことができる。
そうした施設の中核に、選ばれたアスリートによるクラブチームがある。

Jリーグがクラブチームをたくさん作るのは、そのチームが地域のスポーツ施設の中核を担うという目的があるからだ。

目先の利益を考えれば、零細なチームをいくつも作ることは意味がないが、サッカーは大きな展望があるから、あえて困難な事業を展開するのだ。

Jリーグが創設されたころ、さまざまな企画をともに考えていた博報堂のスタッフは、当時の川淵チェアマンらが、本気で「世の中のためになる事業をしよう」と考えていることに驚いたという。

またJの発足の時に、玉木正之さんは、川淵チェアマンに「Jリーグは何をする組織ですか」と質問をして「サッカーをする組織です」という答えが返ってきて大変驚いたという。
日本のスポーツ史上「スポーツをすること」を目的とした組織はこれまでなかったのだ。
これまでのスポーツ組織は、「相撲興行をして儲ける」とか「野球の試合をして新聞の拡販をする」などなど、あくまでスポーツは収益や他の目的の「手段」だった。
Jリーグは「サッカーをする」ことが目的だったのだ。

その理想主義の看板は、20年たった今もおろしていないのだ。
サッカーは、市民の健康な生活に貢献することを目的として、普及が進んでいるのだ。

こうした理想主義は、一つ間違えば、非現実的で無謀なものになってしまうが、Jリーグにはその現実性を裏打ちするためのシビアなビジネス感覚もある。

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残念なことに、野球には、「野球は」で語るべき物語が存在しない。
「巨人は、強いチームを作ってお客をたくさん呼んで収益を上げる」
「西武は、強いチームを作って、たくさんの人に西武鉄道で球場に来てもらう」
などなど、各球団を主語にしたストーリーはたくさんある。

しかしそうした球団を統括するNPBには、理想も、将来展望も、存在しない。
10年後にNPBはどうなっていたいかが、コミッショナーの口から語られたことはない。
コミッショナーはプロ野球界で絶対的な権力を持っているとされるが、野球界のために意志表示をして、動くことはほとんどない。
最近では、唯一、統一球の問題で当時の加藤コミッショナーが自身の判断で動いたとされるが、能力不足を露呈しただけにとどまった。

NPBは、社会のためになにができるのか、を語ることもない。
今回の震災のように、災害が起こればNPBや球団、選手はボランティア活動をするが、そうではなくて、社会の中でプロ野球はどんな位置づけになりたいのか、は語られたことがない。

さらに言えば、Jリーグはアマチュアサッカー界とともにサッカーの未来を考えているが、NPBは高野連や学生野球協会や、社会人野球と手を携えて何かをすることもない。

「野球は、これからどうなっていくのか。どうしたいのか。そのためには、何が必要なのか」が語られたことはないのだ。

サッカーと野球の一番大きな差は、ここだと思う。




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