誰かが言うだろうな、と思っていたら、坂本勇人と内川聖一が異口同音に言った。
「僕たちは野球をすることしかできないから、自分たちにできることをやっていきたい」
またか!
そんなことないだろう、プロ野球選手は、野球賭博だって、裏カジノだって、賭け麻雀だって、握りゴルフだってしているじゃないか、覚せい剤やドラッグもやってるそうじゃないか、そういうのを全部やめて、被災地にまわしたらどうか、と皮肉の一つも言いたくなる。

坂本勇人は野球賭博事件の時も「野球を一生懸命やるしかない」と言った。

プロ野球選手は「野球をするのが仕事」ではある。
しかし同時に社会人だ。彼らだけが、社会人としての規範順守や必要な責任をまぬかれているわけでは決してない。

20数年前、当時ダイエーの小久保裕紀らが主導して大規模な脱税事件を起こしたときに、被告人だったダイエーの鳥越祐介は
「世間を騒がせてすいませんでした」と謝罪したが、
裁判官は判決の時に「例え、鳥越被告人が(打率).300、.350打っても社会人として、してはならないことを忘れてしまうとグラウンドで活躍できなくなる」と諭した。
その当時は、野球選手は、野球さえしていれば許してもらえた。少なくとも野球選手はそう思っていた。

野球界、そしてスポーツ界の超エリートであるプロ野球選手は、小さいころから野球ばかりしてきた。
「野球さえできればいい」という育てられ方をした。
世間の常識を知らなくても、他人への思いやりがなくても、信義を欠いても、
「野球ができれば許される」と思ってここまでやってきた。

才能や体格に恵まれ、厳しい競争に勝ち抜いてきた選手たちは確かに
「野球だけをやってきて」ステイタスをつかんだのだろう。が、その間に、一般の人が学ぶべきものをほとんど学んでこなかった選手も多いのだ。

今、清原和博や巨人の4選手などが恥ずかしい事件を起こして世間の物笑いの種になっているのは、彼らが立派な体格をして、高収入を得て、社会的ステイタスもあるにもかかわらず
「野球以外は何も知らない、できない」
からだ。
彼らのせいで、野球界は非常識で社会性がない人間の集まり、スポーツバカ集団であるかのように思われはじめている。

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かつて、MLBでは、自身の出身地プエルトリコで大震災が起こった際に、調達した救援物資を届ける飛行機に乗り合わせて墜落死したロベルト・クレメンテという大選手がいた。

MLBでは彼の功績をたたえて、顕著な社会貢献をした選手に与える「ロベルト・クレメンテ賞」という栄誉ある賞が設けられた。
アルバート・プホルス、デレク・ジーター、アンドリュー・マカッチェンなど錚々たる選手が受賞している。

MLBでは、だれも「野球だけやっていれば大丈夫」とは思っていない。
欧米では、地位の高いもの、裕福なものは、社会の危難に対して率先して行動すべきだという考えが浸透している。ノーブレス・オブリージュというやつだ。野球人も市民社会の一員として、相応の義務、責務が求められる。ましてやスター選手には応分の社会貢献が必要なのだ。
「野球しかできない」「野球だけやっていればOK」などというのは、日本の野球界だけだ。

どんなことがあっても、
「野球さえ一生懸命やっていれば許される」という「甘えた意識」は通用しなくなりつつある。

お断りしておくが、、私は坂本勇人や、内川に、震災に対する支援の気持ちが薄いとは思っていない。
その言葉を口にするのがいかがなものか、と言っている。

実際の日本のプロ野球選手は、被災地に対して積極的に行動している。
今回も始動は早かった。試合前に募金活動をしたり、チャリティ活動をしている。選手個々で義援金を供出している。
実際には、「野球さえしていればいい」と思っていない選手のほうが多いのだ。
東日本大震災での、嶋基宏の「見せましょう、野球の力を」に勇気づけられた人はたくさんいただろう。

だとすれば、野球界のリーダーである坂本や内川は、野球選手の実態にそぐわない言葉を吐くべきではなかった。

「野球をするしかない」ではなく「野球以外にも、あらゆる救済の方法を考えていく」というべきだったし、野球ファンにも「野球よりも今はもっと大事なことがある」というべきだった。

一部の不心得な選手がいたせいで、このことばは、今ではずいぶんおかしく聞こえるのだ。

馬鹿の一つ覚えみたいに「野球をするしかない」というのは、もうやめたらどうか。馬鹿だと思われるから。


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