同様の記事を「バックスクリーンの下で」さんも書いている(瓦版経由)
先週決着した、北海道の7歳児失踪事件は、ハッピーエンドで本当に良かったと思う。

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両親が「しつけ」と称して、7歳の子どもを山道に置き去りにした。
5分後に父親が戻ってきたときには、子供の姿は見えなかったという。
1週間も多くの捜索隊がしらみつぶしに探しても、痕跡一つも見当たらなかった。
不謹慎な話だが、私は両親が何かを隠しているのかもしれないと思った。最近は陰惨な児童虐待の事件も多いので、それを想起してしまった。

しかし、子供は無事だった。自衛隊の施設の中で、1週間飲まず食わずでうずくまっていたのだ。
自衛隊員からもらったおにぎりをほおばるカメラ目線の大和君あどけない写真は、ぐっとくるものがあった(私も歳である)。

日本中がほっとするような結末になったが、この事件に、NPBのスター選手がかかわった。

大和君は失踪前の5月5日、札幌ドームで行われたソフトバンク戦の試合前に、中田翔からサインボールを直接もらった。

「僕は覚えてますよ。ユニホームに鯉のぼりとか付いてたりしてたので。見つかって本当に良かった」

大和君が失踪した直後から、中田は事件の行方に気をもんでいたという。

しかし、よく覚えていてくれたものだ。
これで、一つ間違えば陰惨な結末になりかねなかった事件に、華やかなサイドストーリーがついた。

大和君は入院先の病院で、中田翔が「覚えている」と言ったのを聞いて、計測中の心拍数が急激に上がるほど興奮したという。

変な話だが中田翔は、実際に覚えていなくても「よく覚えていますよ」と言うべきだった。それが人気稼業プロ野球選手の嗜みと言うものだ。
しかし、彼は実際に覚えていた。そしてそれがわかるようなコメントをした。100点満点だろう。

入団時には「Fighters」を「なんて書いてあるんですか」というような選手だった中田が、スター選手として立派にふるまったことは喜ばしい。球団の教育もあるが、彼自身がまっとうな人間だったということだ。

最近は、容貌がだんだん清原化し、後輩の選手に数百万もの時計をプレゼントするなど、猿山のボス猿化が目に付いた中田翔だが、清原和博のようにはならないのではないか。
高校時代から付き合ってきた彼女と結婚し、二児の父でもある中田翔は、家庭、家族、子育ての意味をよくわかっているのだと思う。

ストーリーとしては、札幌ドームで、無事救出された大和君に中田翔は再会し、もう一つサインボールをプレゼントするとか、サインバットをプレゼントするとか、何らかのイベントが用意されるのだろう。
こういうセレモニーは、私は嫌いだが、今回に限り、手放しでともに喜びたい。

この子どもの心に深いトラウマを残しかねない事件が、中田翔の一言で大幅にやわらげられたのは間違いないだろう。
そして同じような年恰好の子どもに、プロ野球への憧憬と尊敬の念を抱かせたのも間違いない。
子どもたちに人気がない野球の将来に、中田翔はほんの少しだが「希望」を与えたと思う。

S-Nakata



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