シーズン防御率の記録は、NPBの投打のバランスによって大きく変動する。
シーズン防御率0点台

はっきりわかるのは、防御率の上位記録はほとんどが戦前に記録されているということ。
ボールが飛ばず、体格も小さい戦前の打者は、エース級の投手に手も足も出なかった。
極端な投高打低だったのだ。
もう一つ、RとERの差が大きいこと。当時は失策が多く、投手が打ち込まれても自責点がつかないことも多かった。
そんななかで1970年に村山実が記録した0.98というERAは、まさに奇跡だ。
村山は当時、プレイングマネージャー、すでに盛りを過ぎていて、2年後には引退する。
かすかに記憶しているが、新聞は夏過ぎごろから村山の防御率のことを報じていた。村山自身もそれを意識していたように思う。
1950年以降のERA30傑

0点台は村山だけ。1.50以下は19人。
村山実、田中将大など同じ顔触れが何度も出てくる。防御率が低いタイプの投手というのが存在するのだろう。
もともと素晴らしく能力がある投手が、絶頂期にようやくマークする数字だ。ボロス・マクラッケンに言わせれば幸運の絶頂にあった投手と言うことになろうか。
菅野はこのランキングに名前を連ねることができるだろうか。
1976年小林繁、全登板成績【初の2ケタ勝利、歓喜の胴上げ投手】
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
好評発売中
コメント
コメント一覧
当時の投手は先発、リリーフの両刀が当たり前だったのでイニング数も多かったですよね。この年の江夏は337イニングを投げました。
新聞やテレビの論調は、防御率の0点台はすごいが村山は監督兼任、あまり投げていないから、などの意見があったと記憶しています。僕はふーん、そうなんだと思っていました。
こうして改めて記録を見ると25試合に登板して156イニングを投げて、失点が18ですね。立派な成績ですね。
このブログのエントリーは私にとってとても価値がありました。
記録とはこういうものですよね。
阪神はV9期間は巨人の投手よりも投手タイトルはとってますね。
ONに匹敵する野手がいなかったのが痛かったですね。
稲尾投手や杉下投手も凄いですが、石川克彦投手や島原幸雄投手もしっかりとチームを支えてたんですね。
この2人ももっと語られていいと思います。
大投手の影に隠れる形になってますが。
この件で記録なんてものはNPBの幹部が操作できるものだと知りました。
同時に「日本人に56本塁打を打たせるために、NPBはいつかボールを変更する」と疑念をもつようになりました。
極端な打低にならなければ何かしらの神がかり的なものが宿らないと難しいランキングだと思います。
今季前半の菅野はまさにその状態でしたが果たして立て直せるか。