先週の日曜日は、高校野球の取材をした。大阪府の地方大会。お目当ての学校の試合だけでなく、他の試合も見た。その中に連合チームの試合があった。


大阪府の南地区、六連南という連合チームが、阿倍野高校と対戦したのだ。
六連合とは、福泉、成美、勝山、咲洲、西成、野崎の6校。それぞれ部員数が少なく、チームが組めなくなっている。
これまでなら出場できなかったが、高野連は1997年の高知県の連合チームを認め、以後徐々に条件を緩和してきた。

高校野球の競技人口が減っていないのは、これまでなら野球を断念せざるを得なかった部員不足の学校の選手も試合に出ることができるようになったことも大きい。

統一のユニフォームを作るような予算はないから、ユニフォームはばらばらだ。

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週に2回程度合同練習ができることが望ましいとされているが、6校ではそれもままならないのだろう。ノックを受ける野手のレベルは低かった。
アスリートらしからぬ体形の選手もいた。
ベンチはこんな感じである。

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阿倍野高校は1959年に大阪府大会で準優勝したことがあるが、甲子園の経験はない。強いチームとは言えないが、それでも六連南との実力差は明らかだ。

試合は7-0で阿倍野が勝った。六連南はわずか2安打だった。

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その実力差もさることながら、私がショックだったのは球場の雰囲気だった。

六連南は、家族などの応援はあったが、学校としての応援はなし。声援は飛ぶが、まとまった応援はなし。
そして阿倍野も応援団はいなかった。

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私事になるが、阿倍野高校は強烈な印象のある高校だ。1975年、私の母校の明星高校は、春の近畿大会で優勝、夏の甲子園の最有力候補とみなされていたが、1回戦で阿倍野高校と当たって、3-5で負けたのだ。翌日の朝日新聞にでかでかと載った。高1で初めて母校の応援に行った私は、大ショックを受けた。
その時の阿倍野高校は、百人ほどの応援団がいて、強烈な応援をくりひろげた。野球部員数が多い明星はベンチ入りできなかった選手を中心とした専門的な応援団が野太い声を張り上げていた。
皮肉なことに、私の奥さんは阿倍野高校の出身。だから頭が上がらないのだが(これも私事)。

2校の強烈な応援合戦が耳に残っていたのだが、41年後のこの試合は、本当に静かなものだった。

私は、強くない2つのチーム試合を見て、野球の退潮ムードを実感した。
強い弱いではなく、野球の裾野が枯れつつあることを感じたのだ。

確かに連合チームを認めて、高校球児を救済するのは必要なことだ。しかし、誰も応援しないチームが増えていくことは、良いことではないと思った。

野球の衰退は、こういうところにも見受けられると思った。


シーズン最多投球数・1970~1982



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