このところNHK-BSではイチローのいろいろなVTRを編集して見せてくれる。
いろいろ見たが、一番感動的だったのは、2004年のMLB最多安打記録を更新した時だ。


チームは西地区4位(最下位)、3位のレンジャーズに26ゲームも引き離されていたが、イチローが257安打を打って、いよいよという試合は、45573人もの観客が詰め掛けていた。
相手はレンジャーズ、ドリスから左前に安打を打ってジョージ・シスラーに並ぶと、観客席は大騒ぎになる。
さらに3回、先頭打者でドリスから中前に安打を放って新記録を樹立すると、試合は中断され、チームメイトが一塁のイチローに祝福にかけつける。
一塁側スタンドの最前列にはジョージ・シスラーの娘がいて、祝福している。イチローは彼女に近づいてお礼をした。
今見ても感動的なシーンだ。MLBはイチローの偉業を正当に評価し、敬意をもって祝福したのだ。

もちろん、日米通算でローズを抜いたときも、それなりのセレモニーはあったが、大きさも、熱意も全く異なるものだった。
恐らく、イチローがMLB史上30人目の3000本安打を打つときには、最多安打記録と同様の盛大で手厚い祝福を受けるに違いない。

3000本安打以降の通算安打のマイルストーンが記録された年を追いかける。1950年以降。

Ichiro3000Clear


1958年にスタン・ミュージアルが戦後初の3000本安打を記録。ニュージアルは62年には3500安打もクリアする。
1970年にはアーロンとメイズ、72年にクレメンテが3000本きっちり。よく知られているようにオフにクレメンテは飛行機事故で死亡する。
73年にはアーロンが3500本。翌74年にケーラインが記録。
という感じで、数年おきに安打の大記録を突破する選手が出てくる。
そのたびに大きな称賛の声が上がった。

1990年以降はエクスパンションの影響があってか、3000本安打クラブへの入会者は増えるが、それでも年に2人まで。
やはり大きなイベントではある。
2011年にジーターが突破、これも大きなイベントだった。そして昨年、A-ROD、薬物事件もあってA-RODへの賛辞は微妙なものだったが、イチローはいよいよあと6本に迫ってきた。

イチローの3000本安打は、アジア人初、最短シーズン数、最高齢でのキャリアスタートなどの記録も伴って盛大なものになるはずだ。
日米通算のときに、アメリカの反応が微妙だったことに不満だった向きも多かったと思うが、3000本と日米通算4000何とやらの違いを、はっきり知ることになるだろう。

来年以降3000本安打句をクリアしそうな選手が3年連続で控えているが、イチローは文字通り「野球界の偉人」になるのだということを実感する。

あと6本、いよいよである。

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