今年のMLBワールドシリーズは面白かった。テキサス・レンジャーズ=TEXはシーズン終盤から圧倒的な打力でのし上がったが、一方のセントルイス・カーディナルス=STLは、90勝72敗とナリーグのポストシーズン進出チームでは最低勝率であり、アトランタ・ブレーブス=ATLの減速によって、ワイルドカードが転がりこんできたものだった。
しかし、ポストシーズンに入ると、デヴィッド・フリースというラッキーボーイが出た。10月22日のワールドシリーズ第3戦で、主砲アルバート・プホルズが3本塁打すると、以後はほとんど勝負されなくなったが、代わってフリースが打ち始めた。TEXに王手をかけられた27日の第6戦、9分9厘負けと思われた9回、フリースが2点差を追いつく三塁打、また2点差をつけられた10回にはバークマンがタイムリーで同点、そして11回にはフリースがサヨナラ本塁打。こういうものすごい試合は滅多にない。
次の試合で勝って、STLがワールドチャンピオンに。
そして10月31日、優勝監督トニー・ラルーサが引退を表明した。
この監督は、田口壮に活躍の場を与えてくれたことで、日本人にも懐かしい監督だ。
昭和19年生まれ。日本でいえば柴田勲、アメリカではフィラデルフィア・フィリーズのチャーリー・マニエルなどが同い年だ。

大型の内野手として結構期待されていた。カンザスシティ・ロイヤルズに入団した翌年にはMLBに上げられている。しかし結果を残すことができず、68年にオークランド・アスレチックス=OAKに移籍。だがここでもレギュラーは遠かった。レジー・ジャクソン、リック・マンデー、サル・バンドーなどのスターの壁は厚かったのだ。
以後、MLBとマイナーを行ったり来たりするが、73年を最後にMLBからは姿を消す。なおも5年間マイナー暮らしだった。このタイプ、日本に来てもおかしくない。
しかし、この時期、ラルーサは指導者として見出されていったようだ。
指導者としてのSTATSはエリートそのものだ。

引退翌年の78年には、シーズン途中からAAで采配をふるい、翌年AAAに昇格すると、シーズン途中からシカゴ・ホワイトソックス=CWSの監督になった。彼は引退後に弁護士の資格も取っている。猛勉強していたに違いない。
以後、ラルーサは1シーズンも欠けることなくMLBの監督として活躍してきた。両リーグでのワールドチャンピオン、2位からのワールドチャンピオンなど、記録ずくめ。勝率は高くないが、結果を残す監督だ。そして、弱いチームを、選手をうまく使いながら切りまわすのがうまい。田口を活かすことができたのも、ラルーサならではだ。セイバーメトリクスは、選手を獲得してひとたび試合に出すと、あとは選手任せにする傾向があるが、ラルーサは反対に、そこからが勝負だった。選手を動かす監督だ。また犠打、犠飛、盗塁もよく使った。日本的な手腕を振るったと言えるだろう。
67歳。功成り名遂げての引退だ。背景は良く分からないが、大黒柱プホルズがFAでSTLを離れるのが確実とされる中で、来季以降の多難さを考えたのかもしれない。一つの時代の終焉だ。
STLとラルーサの関係が良好か否かはわからないが、フロントは16年に及ぶ長期政権に終止符を打つ意向もなくはなかっただろう。プホルズなど主力選手の契約にも影響力があったようだし、実力のありすぎる監督はフロントにとって煙たいものだ。
そういうごたごたは、一切出さずに「勇退」という形で名獲得を送りだしたのは格好いいと思う。
中日や日本ハムも、シーズン終了まで監督交代のアナウンスを延ばすことができなかったか、と思う。功績のある監督を石もて追い出したように見えるのは、球団経営陣にとってもマイナスだと思うのだ。特に中日は、不世出の大選手、名監督だっただけに、手際の悪さが目立つ。
次の試合で勝って、STLがワールドチャンピオンに。
そして10月31日、優勝監督トニー・ラルーサが引退を表明した。
この監督は、田口壮に活躍の場を与えてくれたことで、日本人にも懐かしい監督だ。
昭和19年生まれ。日本でいえば柴田勲、アメリカではフィラデルフィア・フィリーズのチャーリー・マニエルなどが同い年だ。

大型の内野手として結構期待されていた。カンザスシティ・ロイヤルズに入団した翌年にはMLBに上げられている。しかし結果を残すことができず、68年にオークランド・アスレチックス=OAKに移籍。だがここでもレギュラーは遠かった。レジー・ジャクソン、リック・マンデー、サル・バンドーなどのスターの壁は厚かったのだ。
以後、MLBとマイナーを行ったり来たりするが、73年を最後にMLBからは姿を消す。なおも5年間マイナー暮らしだった。このタイプ、日本に来てもおかしくない。
しかし、この時期、ラルーサは指導者として見出されていったようだ。
指導者としてのSTATSはエリートそのものだ。

引退翌年の78年には、シーズン途中からAAで采配をふるい、翌年AAAに昇格すると、シーズン途中からシカゴ・ホワイトソックス=CWSの監督になった。彼は引退後に弁護士の資格も取っている。猛勉強していたに違いない。
以後、ラルーサは1シーズンも欠けることなくMLBの監督として活躍してきた。両リーグでのワールドチャンピオン、2位からのワールドチャンピオンなど、記録ずくめ。勝率は高くないが、結果を残す監督だ。そして、弱いチームを、選手をうまく使いながら切りまわすのがうまい。田口を活かすことができたのも、ラルーサならではだ。セイバーメトリクスは、選手を獲得してひとたび試合に出すと、あとは選手任せにする傾向があるが、ラルーサは反対に、そこからが勝負だった。選手を動かす監督だ。また犠打、犠飛、盗塁もよく使った。日本的な手腕を振るったと言えるだろう。
67歳。功成り名遂げての引退だ。背景は良く分からないが、大黒柱プホルズがFAでSTLを離れるのが確実とされる中で、来季以降の多難さを考えたのかもしれない。一つの時代の終焉だ。
STLとラルーサの関係が良好か否かはわからないが、フロントは16年に及ぶ長期政権に終止符を打つ意向もなくはなかっただろう。プホルズなど主力選手の契約にも影響力があったようだし、実力のありすぎる監督はフロントにとって煙たいものだ。
そういうごたごたは、一切出さずに「勇退」という形で名獲得を送りだしたのは格好いいと思う。
中日や日本ハムも、シーズン終了まで監督交代のアナウンスを延ばすことができなかったか、と思う。功績のある監督を石もて追い出したように見えるのは、球団経営陣にとってもマイナスだと思うのだ。特に中日は、不世出の大選手、名監督だっただけに、手際の悪さが目立つ。
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