甲子園の女人禁制について、東スポが高野連に話を聞いている。
東スポ
竹中事務局長は「グラウンドに出してあげたいという向こうさんの親心と思うし、それは理解できる」としながらも
「原則、試合は男子だけと規定しているし、練習もそれに準ずるもの。男子はけがのリスクを承知して野球に取り組んでいるし、もし、けがをしても学校側の責任になる。女子は一緒に練習しているわけではないし、万が一けがをした場合、誰が責任を取るんですか、ということ」
「古い考え方と言われようが、規定は変わらない。今後、時代の流れで改正ということになるかもしれないが、今はない」
多くの人は「東スポなんて」というだろうが、この事件で高野連に話を聞く気概がある新聞は残念ながら、東スポだけだ。
河童だ宇宙人だと騒ぎ立てる与太新聞かもしれないが、「言いたくないことを話させる」というジャーナリズムの基本を実行している。他のおりこうさんメディアは高野連の逆鱗に触れるのを恐れ「気を遣っている」のだ。
さて、竹中事務局長は「男子はけがのリスクを承知している」が「女子はそうではない」と勝手に規定している。グランドの中では、硬球はどこに飛んでくるかわからない。女子マネが座っているベンチにもボールは飛び込む。むしろグランドよりも逃げ場がなく、ボールが壁に当たって不規則に弾むベンチの方が危険だと思うが。ベンチ内ではヘルメットもかぶっていないし。
事務局長は、女子部員の危険よりも「責任の所在がない」ことを危惧している。これは、いかにも日本的な発言だ。
この考え方では、「男子部員は学校が責任を取るが、女子部員がグランドに出て負傷しても、学校は責任を取らない」ということになる。
男子部員よりも女子部員の方がボールに当たったり、負傷したりする確率が高いと勝手に思っているようだが、その根拠は示されていない。そのうえで、負傷の際の扱いに差をつけている。豊浦彰太郎さんの言うように「性差別」だと思う。
こういうロジックでモノを言って通用したのは昭和の時代までだろう。
「今後、時代の流れで改正ということになるかもしれないが、今はない」という言葉から見えるのは、高野連という組織は「自分で考え、判断して何かを改めていく」ことができないということだ。

竹中雅彦事務局長は、和歌山県高野連の理事長から高野連事務局に転身した。和歌山の高校野球のドンだ。
高野連の幹部にはこうした各地の高校野球の幹部クラスが収まっている。事務局長というイメージから想起される「実務家」からは程遠い。
能力や適性ではなく、高校野球指導者の「上がりのポスト」ということだと思う。
こういう頭の固い人物をたくさん並べていれば、硬球が当たっても大丈夫かもしれないが、高野連は時代から取り残されている。
1979年山田久志、全登板成績【3年ぶりの20勝到達も、チームはV5ならず】
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竹中事務局長は「グラウンドに出してあげたいという向こうさんの親心と思うし、それは理解できる」としながらも
「原則、試合は男子だけと規定しているし、練習もそれに準ずるもの。男子はけがのリスクを承知して野球に取り組んでいるし、もし、けがをしても学校側の責任になる。女子は一緒に練習しているわけではないし、万が一けがをした場合、誰が責任を取るんですか、ということ」
「古い考え方と言われようが、規定は変わらない。今後、時代の流れで改正ということになるかもしれないが、今はない」
多くの人は「東スポなんて」というだろうが、この事件で高野連に話を聞く気概がある新聞は残念ながら、東スポだけだ。
河童だ宇宙人だと騒ぎ立てる与太新聞かもしれないが、「言いたくないことを話させる」というジャーナリズムの基本を実行している。他のおりこうさんメディアは高野連の逆鱗に触れるのを恐れ「気を遣っている」のだ。
さて、竹中事務局長は「男子はけがのリスクを承知している」が「女子はそうではない」と勝手に規定している。グランドの中では、硬球はどこに飛んでくるかわからない。女子マネが座っているベンチにもボールは飛び込む。むしろグランドよりも逃げ場がなく、ボールが壁に当たって不規則に弾むベンチの方が危険だと思うが。ベンチ内ではヘルメットもかぶっていないし。
事務局長は、女子部員の危険よりも「責任の所在がない」ことを危惧している。これは、いかにも日本的な発言だ。
この考え方では、「男子部員は学校が責任を取るが、女子部員がグランドに出て負傷しても、学校は責任を取らない」ということになる。
男子部員よりも女子部員の方がボールに当たったり、負傷したりする確率が高いと勝手に思っているようだが、その根拠は示されていない。そのうえで、負傷の際の扱いに差をつけている。豊浦彰太郎さんの言うように「性差別」だと思う。
こういうロジックでモノを言って通用したのは昭和の時代までだろう。
「今後、時代の流れで改正ということになるかもしれないが、今はない」という言葉から見えるのは、高野連という組織は「自分で考え、判断して何かを改めていく」ことができないということだ。

竹中雅彦事務局長は、和歌山県高野連の理事長から高野連事務局に転身した。和歌山の高校野球のドンだ。
高野連の幹部にはこうした各地の高校野球の幹部クラスが収まっている。事務局長というイメージから想起される「実務家」からは程遠い。
能力や適性ではなく、高校野球指導者の「上がりのポスト」ということだと思う。
こういう頭の固い人物をたくさん並べていれば、硬球が当たっても大丈夫かもしれないが、高野連は時代から取り残されている。
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コメント
コメント一覧
何故女性だけが危険度が高いのか?
男性なら怪我をした際の責任の所在が明確なので、危険な目に遭わせてもいいのか?
性別関係なく、一定のリスクは負っています。
古い時代の性差別そのものでしょう。
それを変える気がないと言っている高野連。
なんと言っていいのやら。
https://www.buzzfeed.com/kensukeseya/baseballgirl?utm_term=.meq3beX71#.sv99rXe7d
この記事も読みましたが、高野連に対しては疑問しかありません。
広尾様には、これからも野球界に対しての提言をどんどん発信していただきたいです。
女子マネや女子の練習補助員も、部活の公式な活動で、
その活動も監督や部長が認めてしている行為なのですからね。
何故、女子の場合に責任が不明確になるのか、高野連事務局長のコメントは意味がわかりません。
女子が練習の手伝いをすることなどがあるわけないと、ずっと決め付けていて、彼の頭の中では全く想定外だったのでしょうか?
それから、学校の責任!と言い切っているのも気になります。
当然、大会主催者である高野連にも責任があるという前提の上でのコメントですよね。
主催はするけど、事故が起きても責任は学校ですよ、なんてことはいくらなんでも無いですよね?
それとも、大会の期間中は主催者にも責任があるが、事前の甲子園練習は高野連の責任は無いということかな?(それなら、事前の練習で高野連がとやかく言うのはおかしいし・・・)
問題の本質からズレているかもしれませんが、気になるのでコメントしました。
同じ部活動で同時に同じ場所で活動している男子と女子では学校側の責任が違う、って、全く意味がわかりません。
こんな説明で納得する親がいたら見てみたいものです。
その意味では、東スポの記事中の事務局長の話は、確かに文字通り捉えると筋が通らない。もし言うなら、「男子は、特に過失がない状況でケガをしたら基本は自己責任であり、ほかの誰の責任でもない。監督らに特に過失があるときだけ学校の責任になる。ところが女子だと、男子との差(この場合は送球や打球の速度など)を理由に、特に直接的な過失はなくとも保護措置なくただ一緒に練習させていたというだけで学校側の責任を問われかねない」くらいなら話は分かります。
そうは言っても男女で練習するケースも今後増えていくでしょうから、練習補助の場合の不慮のケガは男女問わず基本は自己責任という認識が広まればいいと思います。
ちなみに事務局長のいう「規定は変わらない」とは、試合の参加資格は男子のみという規定のことではないでしょうか。「練習はそれに準じる」と言っていますから。試合のの参加資格に女子も認められる日は、さすがにそうすぐではないのでは。
頭に硬球が当たっても平気そうな石頭連中ですね。
これじゃあ金属バットで殴られでもしない限り如何に時代錯誤で世間から取り残されてるか気付けないでしょうね。
と素人は思ってしまいますね