昨日のロベルト・クレメンテと同い年、ちょうど同時期にアメリカン・リーグで活躍していた。
まだドラフト制度のないころに、ボルチモアのサザンHSを卒業してすぐにタイガースに入団。
同級生のエド・ガニング(投手、MLBに昇格せず)が、同時にオリオールズに入団しているからスカウト注目の学校だったのだろう。2人は学校始まって以来のプロ選手だった。
キャリアSTATS

驚くべきは、タイガースがまだ18歳のケーラインを、マイナーを経由せず、いきなりMLBでデビューさせたことだ。
1953年6月25日のアスレチックス戦でデビュー。6回にデルシングに変わって中堅を守り9回にハリー・バードから中飛を打ち上げている。タイガースはジョニー・ぺスキーが2番、4番にレイ・ブーン。
初安打は5試合目の7月8日、ホワイトソックス戦。デルシングに変わって中堅を守り8回にルイス・アローマから中前打を打っている。
この年は新人王投票でボブ・グリム(ヤンキース)、ジム・フィニガン(アスレチックス)に次ぐ3位。
翌年いきなり首位打者。19歳での首位打者は、チームの先輩タイ・カッブを抜く。
長打力もついて、以後、不動の中軸打者となる。主として右翼を守る。
守備範囲が広く、強肩。外野手での10回のゴールドグラブは、イチローらと並ぶ歴代3位タイ。
基本的にはライナー性の二塁打が多い中距離打者だが、足も速く、長打もあった。
ただこのころのタイガースは強いチームではなく、傑出した選手も少なかった。ウィリー・ホートン、ディック・マコーリフあたりがチームメイト。
これも先輩のタイ・カッブと同様、お山の大将的な存在で終わった感は否めない。
ポストシーズン進出は1968年と72年の2回だけ。48打数16安打3本塁打9打点と活躍している。
1974年にはあと141本に迫った3000本安打に挑戦すべく、新設のDHで出場。この年が最後という告知もされ、久々にオールスター戦に選ばれている。
9月24日のオリオールズ戦で3000本を達成。投手はデーブ・マクナリーだった。
私は現役時代をかろうじて覚えているが、カリーン、カラインと呼ばれていた気がする。
1990年に殿堂入りしている。
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コメント
コメント一覧
割と多いですよ。
60年代と言えば、オリオールズが強くなった時代で、少しすればアスレチックスやロイヤルズが出てくる中、チームの点では恵まれなかったように思います。
カージナルスはボブ・ギブソンやルー・ブロック等黒人選手を擁し64、67~68年に優勝。
69年にはトム・シーバー擁するメッツが優勝するなど、60年代のナ・リーグは投手全盛期だと思います。
こんな投手を相手にしながらの3000安打は見事。
71年のワールドシリーズでも20勝カルテット&ロビンソンコンビ、ブーグ・パウエルを擁した最強オリオールズを破ったのは奇跡的とも言えます。
パイレーツは70年代は「隠れた強豪」で地区優勝6回記録するなど、黄金期でしたね。
5のコメントはロベルト・クレメンテの項で残すべきでしたね。