西鉄黄金時代の名選手、偉大な打者、などという言葉が追悼記事の見出しになっていた。現役時代を知るはずもない記者が、適当なことを書いているという印象だ。


豊田泰光の野球選手としての価値を語ることができるのは、少なくとも70歳以上のはずだ。

キャリアSTATS

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34歳、まだまだ働けそうに思えたが1699本でバットを擱いている。この成績で野球殿堂入りできたのは、中西太と同様、西鉄時代の活躍がめざましかったからだろう。
今なら2000本まで現役を引き延ばしていたかも知れない。

しかし豊田泰光の真価は、引退後にこそあったといえるだろう。
彼は、「言論の意味」を知っていた、極めてまれな野球人だった。

スター選手の中には、引退後、野球界に戻らず、解説者、評論家としてメディアで生きる人がいる。
現役時代の実績、知名度に加え、才能があれば、長く生きることができる。
しかしそのトークはせいぜい「タレント」クラスにとどまる。
「面白いこと」「耳よりの話」を披露して、視聴者の関心を買うのが関の山だ。
それが悪いわけではない、そういうスポークスマンが野球の魅力を喧伝するのは必要なことだ。
しかし、同時に、野球界のために
「いうべき時にいうべきことを言う」存在も必要なはずだ。
残念なことに、日本の野球界にはそういう存在が極めて少ない。

野村克也や張本勲、広岡達朗が「野球界の言論人」のように思う人もいるかも知れないが、極論すれば、彼らは今の野球界の発展に資するような言論は全くしていない。

企業人の尊敬を集めている野村克也は、経営者が喜びそうな「利いた風なこと」を話しているだけだ。何度も何度も似たような言葉をあつめたものが本になっているが、傾聴に値するものは極めて少ない。
張本勲は「わからずや」を演じているだけだ。話すべきことを話しているのではなく、「こう話せば受ける」を口にしている。
広岡達朗が言いたいのは「俺にまかせればいいのに」ということだけだ。一つの成功譚に固執して他を嫉視している。だからいつも同じことしか言わない。
時代の変化、とりわけMLBの進出などにも全く無理解で、昔はよかったを繰り返すだけだ。

仮に野球人の言葉を拾って本を編むとして、この3人の言葉はほんの1,2行拾われるだけではないか。

3人よりも知名度の低い野球人の言論は「面白い」ものは散見されるが、野球界の未来を考える上で傾聴に値するものはほとんどない。
彼らは自分の意見を述べているのではなく、己がよって立つ「立場」を考えて発言している。「誰かに怒られないか」を常に気にしている。先輩、指導者に頭を下げながら生きてきた習性のまま生きているのだ。
桑田真澄などはそうではないが、彼はまだよくわからない部分がある。

紙幅が長くなった、稿を改める。


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