朝起きて、テレビを点けたら吉田沙保里が真っ赤な顔をして泣いている。画面右上にLIVEの文字、ああ、切ないものを見た、と思った。
吉田は
「オリンピック選手団の主将として、金メダルを取らなければならないのに、負けてしまった」と泣いていた。
痛々しいとしか言いようがない。
彼女は「霊長類最強の女」という失礼な異名で呼ばれる(ゴリラより強いといっているのだ!)。
オリンピック女子レスリング競技が始まって以来、ライバルだった伊調馨とともに3連覇を続けてきた。伊調が一足先に、前人未踏の4連覇を達成し、彼女にもその期待が高まっていた。
吉田には道場、大学の愛弟子というべき選手がたくさんいる。その中から登坂絵莉、土性沙羅という二人も金メダルを取った。
真打登場で、金メダルは取って当たり前という空気になってはいた。
恐ろしいプレッシャーの中で吉田は戦い、恐らくは重圧の重さで数分の一の挑戦者に大技をくらい、負けたのだ。
彼女の通算戦績は304勝15敗、国際大会60勝4敗の柔道の谷亮子らとならび、空前の成績だ。五輪でも金3、銀1、だれに恥じることもない素晴らしい成績だ。
しかし、彼女は悲嘆にくれるのだ。
それは彼女自身の克己心の強さ、目標意識の高さの裏返しでもあろうが、同時に彼女は勝ち進むうちに、母校や郷里、国などやたら重たいものを背負うようになった。その責任感が、彼女をして滂沱の涙にくれさせたのだ。
私は嫌だなあと思う。なぜ日本のアスリートは、こんなにもいろんなものを背負うのだろう。
スポーツは楽しみとして始める。そして進歩していくことで楽しくなって、どんどん上達していくものだ。
今時、殿様のご前試合じゃあるまいし、己が一門や郷土の名誉をかけて決死の覚悟で戦うものであってはならない。
もちろん、優れたアスリートが出てくれば周囲は応援するが、それでもアスリートは自分のためにプレーするのであって、誰かのために戦うのではない。
高度な競技を継続するためには、周囲の支援が必要だ。もちろん、そうした支援者への感謝の念は忘れてはならないが、極論を言えば、稀有な才能に対して支援をするのは、その選手のためだけでなく、支援者自身の思い入れだ。別に見返りは求めない。己が果たせぬ夢を天才に代行してもらうという点で、これはすでに完結しているのだ。
だから、才能あるアスリートは必要以上に支援者に感謝する必要はない。自分のために精進し、プレーを続けることが、支援者の自己実現にもつながるのだから。
多くのトップアスリートは、自分のために競技をしていると思っているはずだ。
しかし偏狭でウェットな日本社会では、本当のことを言うと非難されかねないから、口を開けば支援者や郷土や国への感謝の言葉を吐くのだ。
20年ほど前に千葉すずという競泳選手がいた。伸びやかな才能のある選手だったが、彼女はアスリートの処世術を知らなかった。
彼女はテレビで
「オリンピックは楽しむつもりで出た」
「そんなにメダルというなら自分でやればいいじゃないか」
「日本の人はメダル気違いだ」
と本当のことを言って水泳連盟の古橋広之進会長の逆鱗に触れて、五輪標準記録を軽くクリアしていたのに2000年のシドニー五輪への出場はならなかった。
その時代から、日本人は何ほども変わっていないのだ。

甲子園でも思うのだが、敗者の涙は「自分のための涙」であってほしい。期待を裏切っただの、申し訳ないだのと泣くのはやめてほしい。
理想を言えば、頂点に近づく成績を上げた選手は、泣いたりせずに、笑顔で観客に応えてほしい。
欧米のアスリートは、勝ったときと同じくらい敗者の笑顔が素晴らしい。
勝敗はともかくとして、全力を尽くした達成感が、体中に充ち満ちて幸福な気持ちになるのだと思う。
厳しい練習から解放される喜びもあるだろう。
吉田沙保里は、古風で律儀な性格なのだろう。だから、あんなに悲しい顔をした。でも、我々は誰一人彼女を責めることはないはずだ。歓喜の声で彼女を迎えるはずだ。
繰り返すが、スポーツは、個人が楽しむためにある。それが原点だ。だから、勝敗は最重要の問題ではない。
その人が思う「高み」に達して、悔いのないパフォーマンスを見せたのなら、それほど幸せなことはない。
日本人もそろそろ「勝った負けた」を超越して、スポーツそのものを楽しむべきだ。
日本のスポーツ界に「グッドルーザー」が現れるのは、いつの日になるのだろうか。
豊田泰光、全本塁打一覧(後編・1960~1969、その他)|本塁打大全
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「ライバル伝説・光と影」の番組と合体して放送されてまして、昨日まで見てました。
千葉すずは訳のわからん取材にも参ってたそうです。
「朝ごはんは何を食べたのか」
これを聞かれてもはっきり言ってどうでも良いでしょう。
それでも、当時15~16歳の彼女は取材を拒否出来なかったみたいです。
記者はその時から、何も変わってませんね。
当時の千葉すずの態度なんかを見ると、剥き出しのナイフそのもので、世の中を敵に回してでも闘ってやろうというような感じだったかもしれませんね。
準決勝の愛ちゃんの時も、そんな国とか誰かとか言わなくていいのに…どんなものでもそうだと思いますが、たかが〇〇であり、されど〇〇な部分があると思います。感動や超人にフィーチャーしたドラマやマンガが溢れていることも、不必要に重いものを背負う風潮を作る一因なのかなと思います。
一定の成果を上げたにもかかわらず、第一声が「申し訳ありません」だと正直なんともやるせない気持ちになります。「悔しい!」だったらわかりますが、謝罪が第一になるのは、もはや本当に自分のために頑張っているのかわからないです。
こうした選手たちは責任感が強くて、周囲のために頑張ろうと考える真面目な人なんだと思います。それ自体は本来良いことですが、日本社会はそれを美徳として持て囃すことで、無意識のうちに選手たちに求めていてしまっている気がします。
「自分以外の何かのために」という考え方は本来は間違いなく美徳だと思います。でもこれは一歩間違えれば同調圧となり、「自分のため」という考えを否定すらします。
戦前の全体主義に利用されたことから、現代的な考えではないはずなんですが…日本社会は伝統的にこれがすごく好きな印象を受けます。
別に西洋的個人主義が全てではないですし、行き過ぎなければ日本人の美徳とすら言えるのに、結果的に行き過ぎて同調圧にしてしまってるのが残念です。
最近発売されたNumberのイチロー3000安打増刊号に、イチローが第一回WBCの際に、侍ジャパンの王監督(当時)にこんな質問をしたと書かれていました。
イチロー「監督は現役時代、ファンのためにプレーしていたんですか?」
王監督「いや、俺は自分のためにプレーしていたよ」
まずは自分のためにやった結果として、ファンの皆さんに喜んでもらえるかどうか、そんなことを考えていた旨を王監督は答えたそうです。
これを読んでから今回の五輪での吉田沙保里のコメントを聞くと、まあ何と重いことかと思うと同時に、野球選手の恵まれた環境にも思いを致さざるを得ませんでした。
五輪競技に出る多くの選手は、大概、その競技の人気、あるいは、普及の浮沈を担っています。そして今回の五輪等でもそのことを自覚している選手も多いです。卓球男子の水谷隼もそれを強くうかがわせるコメントをしていました。
彼個人のことを言えば、おそらく自分のために楽しむ余裕はある選手です。少し前の高校野球の記事にもコメントがあったように、日本人の多くは五輪を未だにアマチュアの祭典を思いこんでいる人がほとんどですが、彼はプロとして年間数千万の契約金がある上に、賞金なども入れればNPBの一流選手にも引けをとらないだけの収入がある選手です。北島康介などは、全盛期、1社1億円のスポンサーを数社抱えていたとも言われています。そして吉田沙保里も所属先の警備会社を退社し、今はフリー、すなわちプロと言っても過言ではない立場でした。
しかし、後に続く選手はそうではありません。
(続く)
大衆が錯覚する理由は「五輪=アマチュアの祭典」というメディアの現状認識からかけ離れたアナウンスこそがその主因なのかもしれませんが、実はこのアナウンスこそが案外競技普及の妨げになっているのかもしれません。なぜなら、世間に「食えないスポーツ」という印象を与えるに十分ですからね。
ですから、多くの五輪選手には、五輪で覇を競うまでに自分たちが歩んできた道や自分たちの後輩たちのことに考えが及んだとき、イチローや王貞治のような余裕は正直、ないのだと思います。
日本は、スポーツに吝嗇な国です。文化庁の数分の一しかないというのは有名な話です。先進国におけるGDPあたりのスポーツ予算はおそらく最低レベルです。予算がつくのは箱ものばかりなので、金をかけると世間がぎゃあぎゃあ言う。だから本来あるべき選手強化の予算までカットされてしまうのです。
それでいてメディアも大衆も五輪の際にはメダルを異常なほどに渇望する、自戒も込めてですが、こういう態度を世間がどれだけあらためられるかで、選手たちにもう少しリラックスしてもらえるのだと思います。
アナ:素晴らしい試合でした。今のお気持ちを振り返って下さい。
吉田:たくさんの方に応援して頂いたのに、銀メダルに終わってしまって…申し訳ないです。
アナ:そんなことないですよ。素晴らしい戦いでした。
吉田:日本選手の主将として、金メダル取らないといけないところだったのに、ごめんなさい。
アナ:決勝戦、非常に厳しい戦いでしたが、敢えて敗因を挙げるならどの辺りでしょうか。
吉田:自分の、やっぱり気持ちが「最後は勝てるだろう」って思ってたんですけど、取り返しのつかないことになってしまって…
アナ:そんなことは誰も思っていないと思います。(試合後)ご家族の方に行きました、どんな言葉を掛けられましたか。
吉田:泣かんでいい、大丈夫だと、ここまで連れて来てくれたんだからありがとうと言って貰いました。
アナ:でも最後は応援団に向かって手を振られました。
吉田:もう、こんなにたくさんの方に遠い所まで来て頂いたので、日の丸の重さや、声援もすごく聞こえてきたんですけど、最後、自分の力をが出し切れなくて申し訳ないです。
アナ:日本中、拍手を送っていると思います。素晴らしい銀メダルでした。お疲れ様でした。
吉田:ありがとうございました。
(終始泣きながらのインタビューでした)
アナ:いまメダルを掛けて、改めてどんな思いでしょうか。
吉田:最後の最後で銀メダルで終わると思ってなかったです。
アナ:悔しさは変わりませんね。
吉田:はい。悔しいです。
アナ:でも、日本中が拍手を送っていると思います。
吉田:たくさんの方に応援して頂いて、本当にありがとうございました。
アナ:本当にロンドンからも苦しい4年間、乗り越えて来ましたね。
吉田:そうですね。やっぱり「打倒吉田」でみんな来るのは分かってたんですけど、ほんとに最後の最後で落とし穴にハマるとは思ってなかったので、ほんとに、まぁ、レスリングやってて幸せです。
アナ:天国のお父さんとは何か、話はありましたか。
(吉田選手の父は2014年3月に運転中のくも膜下出血により意識を失い事故で亡くなっている)
吉田:まぁ、父がいない五輪は初めてだったんですけど、助けてくれるかなって、どこかで思ってたのが間違いかなって。まぁ、けど、ほんとに最後の最後まで応援してくれてたと思うので、そこは、まぁ、信じて戦うことが出来ました。
アナ:いま、お父さんに言葉を返すとしたら、どんな言葉でしょう。
吉田:お父さん、私をここまで育ててくれてありがとう、っていうことを伝えたいです。
アナ:いまはゆっくり休んで下さい。日本中はその銀メダルを称賛していると思います。
吉田:ありがとうございました。
アナ:お疲れ様でした。
吉田:ありがとうございました。
試合直後よりは幾分冷静に答えていましたが、それでも所々で涙を流しながらでした。
試合直後のインタビューでもそうでしたが、吉田選手の自分への厳しさも相まって、とても銀メダルを取った選手のそれとは思えない辛く悲しいインタビューでした。
それだけ吉田選手は自分のこと以外の色んなものを背負って戦い抜いたんだなと、本当にお疲れ様でした。
https://youtu.be/9B6PRkC2wXo
一方で彼女自身も試合直後の興奮で自罰的というか責められる事に救いを求めているようにも見えました。
僕達は最高のアスリートの最高のパフォーマンスを見られるだけで幸せだというのに、何ともやりきれない気持ちです。
内村選手は、前回のロンドン五輪の個人総合で金メダルを獲っていた上に世界選手権でも6連覇達成中。故に、周囲からの圧力も大きく、自分が楽しむ余裕がなかった。
一方で白井選手は、初めての五輪だったせいか、楽しんでいたように思えました。跳馬の一回目で新技に挑戦したのも、変な重圧がなかったから出来たのでしょう(しかも、それで成功したのだからまた凄い)。
4年後の東京五輪でも二人が登場する可能性は高いと思いますが、変な重圧を背負わず、体操という競技自体を楽しんでほしいですね。
>レスリング女子53キロ級決勝で惜敗した日本選手団主将の吉田沙保里だが、銀メダル獲得により「夏季五輪の主将は表彰台に立てない」というジンクスを6大会ぶりに覆した形だ。
夏季五輪の日本選手団主将は1992年のバルセロナ大会で古賀稔彦氏(柔道)が金メダルを取ったのを最後に、96年アトランタの谷口浩美氏(陸上マラソン)▽2000年シドニーの杉浦正則氏(野球)▽04年アテネの井上康生氏(柔道)▽08年北京の鈴木桂治氏(同)▽12年ロンドンの村上幸史氏(陸上やり投げ)--と5大会連続でメダルから遠ざかっていた。
オリンピックに主将とか必要なんですかね?
旗手なども無用なプレッシャーを選手に与えると思います。
このような役割はできれば過去の名選手に与えたらいいのに。
吉田選手の金メダルを取れなくてごめんなさい、というニュアンスの言葉を言わせてしまったことに市井の日本人として複雑な思いがあった。
「負けてごめんなさい、なんて言わなくていいんですよ!」という思いと「ごめんなさい、なんて言わせてしまったのは我々一般の日本人なのか…」と2つの思いがあった。
ダルビッシュがMLBで途中降板してワシントン監督に謝罪の言葉を言ったら「謝らなくていい」と監督から言われたことを思い出す。
吉田沙保里しかり、千葉すずしかり
こんなところにも
日本社会のイヤらしい
同調圧力が見えてしまいます
千葉すずの時代と比べ
ネット世論を初めとして
開かれ開放された意識
も芽生えた部分もあるが
総体としてはまだまだ
過渡期なのでしょうね
純粋にお疲れ様でしたと言いたい
何が進化ですか?吉田が悲嘆に暮れたこと?
「よく、試合後に負けはしたけれど強敵相手に善戦できて満足みたいなコメントをする人がいますが、冗談じゃありません。勝負は勝たなければダメ」
吉田は勝負事に関して異常な負けず嫌いを標榜し、再三勝たなければ何もならない、内容以前に勝利という結果こそが最優先に求められるものだと公言してきました。
彼女にとってレスリングは楽しむスポーツ以前に命がけで競い合う格闘技なんでしょう。だから今回のパフォーマンスにも結果にも全く納得がいっていないし、満足感より悔しさの方が遥かに勝っている。そしてそれが全くブレていない。
試合後から表彰式まで号泣し続けた吉田の姿はこれが口だけではなく、本心から実践していたことだと示していました。比較に挙げられている谷亮子も、頂点に立ち続けるアスリートとして圧倒的なメンタリティを持っていましたが、吉田沙保里のそれもまた劣らず素晴らしいものだと今回のことで再確認しました。
確かにものすごい重圧を感じてはいたでしょうが、国や周囲の期待なんてものが仮に無かったとしても、彼女ははばかりなく泣き悔恨の言葉を残したのでは無いでしょうか。オリンピックで勝敗に徹底的に拘ることも、楽しむことと同じく素晴らしい。リオの吉田沙保里は偉大な敗者でした。
再来週、張本氏はどんな迷言を言うのか。
ネットニュースでは肯定的な意見が多い中、吉田選手が表彰式でも泣いていたのを「シラけた」と発言したミッツマングローブはある意味貴重だ。
一歩引いて斜めに見る視点があるからこそNHKBSで「スポーツ語り亭」という番組MCが務まるのだろう。
五輪選手全員には大会が終わって帰国したら「お疲れさまでした。まずはゆっくり休んでください。あとは一人ひとりが自分で考え決断し行動していく、我々が言えるのはそれだけです。」
しかし普段ならその競技に見向きもしない人間がさも解説者のように論評をしたりするのがオリンピック開催時だったりします。
柔道に例を取ると、まず『組み手争い』があり、これで不利になると技をかけても決まらないばかりか、返し技を食らったりするのですが、そういう事を解らない人間が『もっと積極的に攻めろよ』とか的外れな解説をし、破れれば『そら見たことか』と非難する。
こういう浅い人間が、『金メダル!金メダル!』と騒ぐ。
全日本選手権なんかは近年こそ、単なるデブが体重にモノを言わせて押し潰すだけの残念な大会になってしまいましたが、かっては『金メダルを取るよりもここで優勝することのほうが困難』と言われた大会ですが、そういう事も知らない人間が、オリンピックの時だけ柔道を見て、その時だけの結果で選手を称賛したり非難したりする...
...すいません。柔道の話ばかりになってしまいましたが、レスリングも大体は同じ事だと思います。
吉田選手の積み上げてきたものが、今回のたった一敗で消える訳がないんですから、今はただただ胸を張って帰ってきてほしいと願うばかりです。
ニュースで聞いたとき、吉田が銀ならしょうがない、年齢による衰えもあったのだろう。それにしても泣くまでのことはないじゃんと思いましたが、それほど想いが強かったんだろうなと思い直しました。
「もう走れません」と言って自殺した円谷幸吉のことを思い出しました。
これは個人の問題ではなく国民性の問題でしょうね。
「楽しむべきだ」と言いますが、負けた吉田が「負けちゃいました~。でも銀だし楽しんだし、まいっか。てへぺろ」なんてやるような選手だったら、五輪三連覇+銀という偉業はなかったでしょうね。
試合前日に男を連れ込んだり、酔っ払って強盗されたと狂言するような国民性よりはよっぽどましだと思います。
まるでSMAP解散が国民的なニュースとして芸能メディア以外でも扱われているこの国に絶望と恐怖を感じます。
大戦中の言論統制ってどんな感じだったんでしょうかね。
吉田選手はまるで十字架を背負って戦っていたのかと思わせる程の悲壮感でしたね。
今後スポーツを見るのが嫌になってしまいそうな気がしましたが、こういうのが好きで選手の涙に共感しちゃうな人もいるんですよねえ、日本には。
>しかし普段ならその競技に見向きもしない人間がさも解説者のように論評をしたりするのがオリンピック開催時だったりします。
一般人ならこーゆうのは仕方のないことだと思います。メディアがメジャースポーツ以外は世界的な大会で好成績を挙げたときぐらいしか報道しないというスタンスの方が問題だと思いますし。
でも競技経験のある人からすれば、経験もないのにわかった風なこと言わないで!って思うのは私も経験あるのでよくわかります。
ただ、競技経験があるでもなく、競技に精通している訳でもないタレントなどが、メディアでしたり顔で解説者もどきの批評をするのだけは見ていて気分が悪いのは確かです。
三都物語さん
>こういうのが好きで選手の涙に共感しちゃうな人もいるんですよねえ、日本には。
選手の涙に共感する日本人が悪いみたいな言い方に見えますが、選手の涙に共感することは個々の感性や価値観によるところだと思いますし、それ自体は決して悪いことではないと思います。
しかしながら、メディアがこーゆう涙や話は日本人はみんな好きだからと、それを狙って意図的にインタビューをしたり、さぁ感動しろ!と言わんばかりに番組で美談紹介など、感動や涙の押し売りにはほんと辟易しています。
確かにHNのなりすましは、単純な人はしないですね。
でも、文章の理解度から見て、頭の中身は小学生並みですが。
偽GMさん、どうぞこれからもコメントをお寄せください。
なぜそんな最低レベルと比較するのか理解できません。
私は、へらへら笑ってでも五輪三連覇+銀という偉業を達成する方が、いいと思いますが。
あんなにかんかんになるのは、「メダルきちがい」と言われても仕方がない。
負けてへらへらしてるメンタリティでは、五輪三連覇+銀という偉業は成し遂げていなかったのではないかと言っています。
29のGMさんの意見に賛同。
トップクラスのアーティストやアスリートは、限界を目指して自分を磨き上げます。「自分のために」がなければ偉業は達成できません。
それは彼らの伝記やトークを読めば明らかです。「自分のために」磨きをかけられるかどうかが、トップクラスとそれ以外の違いと言ってもいいと思う。
「誰かのために」は、大部分が周囲に対するサービストークです。嘘とは言いませんが、処世術です。彼らのその言葉をそのまま受け取るのは、ずいぶんハッピーなことですが。
他人のためだけに何かやってる人間なんて、魅力的でしょうか?
まず自分があって、周囲があるということでしょう。
わかってないなあ!
そりゃ、ファンとしては「俺らのために頑張ってくれている」と思いたいかも知れないが、それだけってことがあるかい!幸せで結構だね。
一流アスリートの伝記を読めばわかるはず。
演歌歌手みたいに「お客様は神様です」なのなら、私はアスリートを応援したりしない。
文章がまずくて、幼稚な私にはわからないわ。何を書いてるの?(笑)って何?
家族のために頑張ろうと思ったことは一度もありませんか?
これは個々人によるでしょう。そうでなければグッドルーザーでないというのは
当事者以外が自分の好みを押し付けているだけです。
吉田沙保里の立場に寄り添ったふうに書かれていますが
彼女の伝記やトークを読んできた者からするとわかってないなあという感想。
当然家族のために仕事をしていますよ、何の話をしているんですか?
彼女の考え方は関係ないでしょう、見た目のあまりの情けなさに、グッドルーザーではないと思った次第です。当然、私の好みですが。
ますます難しくて意味不明ですね。何を言っているのでしょうか?
国家代表という立場で戦う以上、吉田選手のコメントは、当然の帰結のようにも思える一方で、そもそも、グローバル化が進む中にあって、国別でカテゴライズして競技を争う五輪自体に、もはや意義を見出すのが難しくなってきたとも言える訳で、国家や個人に対する価値観の違いによって、180度異なる反応が表れるのも当然のことなのではないでしょうか。
まさに、卓球や陸上に見られる帰化選手の存在など、その矛盾を表す最もな例となっており、日本においても、非黄色人種や日本語の不自由な選手が今後、日本代表になるケースが顕著になることも予想され、グローバル化に比例して、五輪の存在意義が失われていくことになるでしょう。
他方、反作用として、より国家主義的な価値観を強めていく、国家や代表選手が表れてくることも予想されますね。
そう考えると、なんか高校野球と五輪って何気に親和性が高そうな気が...(笑)
ついでに、コメント欄に関して一言。
誰かや何かの為に戦うことは選手のモチベーションであることに違いませんが、かような価値観も含めて個人の利益を追求している訳で、要は、自分の為であろうが他人の為であろうが、いずれも自分の利益を追求する行為でしかないのでは?と思う次第です、
想像を絶するトレーニングと重圧を受けて舞台に立ち、誰よりも強い気持ちで勝利を目指した末に敗けたアスリートがボロボロに泣き崩れる姿を見た感想が「あまりにも情けない」とは。同調圧力が気に入らなさすぎて、表面的な印象でしか見ていないんじゃないですか。
別に吉田沙保里が情けないと言っているわけではない。彼女に涙を流さしめた周囲の状況が情けないと言っています。
あなたも含めて、それを肯定するのは情けないと思う。
負けたらあそこまで泣かないといけないような競技、やりたいですか?
吉田沙保里がずっと連覇で独占していたところに吉田沙保里を超える者が現れたということです
「家族のため」にということは、「自分のため」だけではないわけで、それを広尾さんも実感されているわけですね。
その延長として「親戚のため」に、「仲間のため」に、「応援してくれている人のため」にと発展していくわけです。
「家族のため」で止まってしまう人もいるのかもしれないですが。
あと、「ファンのため」だけとはだれも言っていませんよ。
いい年をして、あほにモノを言うような説明は不要です。
吉田沙保里の場合「周囲や国のために」と思うことがモチベーションではなく、プレッシャーになっていたわけですから、まさにひいきの引き倒し、情けないことだと思います。
はっきりいって親戚だの郷里だののために本気で頑張っているようなアスリートが、出世するはずはないです。
そうですが何か?
理解してもらおうと努力しましたが、やっぱり無理ですね。
>吉田沙保里の場合「周囲や国のために」と思うことがモチベーションではなく、プレッシャーになっていたわけですから
なぜそう言えるのか?負けたからですか?
プレッシャーもあったけど、モチベーションにもなったと思いますよ。
この場合、我々一般人と超一流のアスリートを同じ立場で考えることにどれ程の意味があるんですかね。彼女の涙が自分の為に流したものでないと思っている時点でわかってないと思いますよ。
はい?吉田沙保里を超える者が現れたということが女子レスリングが進歩したということを言っているのですが?
プロ野球で15年もレギュラーが優勝チームが変わらないのは競技が進歩していると言えるでしょうか?ましてやレスリングは個人競技です
理解できないですね。あれをプレッシャーではなくて、モチベーションだと思うのは、どうかしていると思いますよ。
レスリングが進化したことと吉田沙保里が大泣きしたことは、関係あるんですか?
別にあなたやわたしに仮託したわけではないです。
他のアスリートがあの姿を見て、やりたいと思うかどうか。
「他人のために流した涙」って、戦時中みたいですね。息がつまりますわ。最低。
吉田は、「周囲や国のために」という想いがプレッシャーになって負けた」と言い切るのですね。
ずいぶん失礼な話だと思いますよ。本人に対して。
言い切るも何も、そう見えるでしょう。
「選手団の団長だから金メダルを取らないといけなかった」という言葉に集約されていると思います。
なぜ赤の他人の吉田沙保里に気を遣ってモノを言わなければならないのか、思ったことをそのまま言ってなぜいけないのか。笑止。
吉田沙保里の立場に寄り添ったふうに書かれていますが
彼女の伝記やトークを読んできた者からするとわかってないなあという感想。
これを説明しないといけないでしょう。
衰えからくる力負けだと思いますけどね
相手は吉田をよく研究してきていた。
準決勝までは圧勝続きで動きも悪くありませんでした。
プレッシャーとは関係ないですよ。
4年前だって三連覇がかかり金確実と言われていた
計り知れない重圧があったことに変わりはありません。
どんな名選手も衰え引退する時が来るということでしょう
吉田沙保里は私が思うに徹底した勝利至上主義であり
試合に臨む姿勢はスポーツを楽しむというものではありません。
敗北後の姿は他人がどうこうではなく彼女自身の気質としてのものだということです。
彼女自身の気質であるのは間違いないところですが、勝利至上主義への固執は本当に残念なことです。
レスリングという競技が進歩してその1つに吉田沙保里という存在があったのだから必要以上に泣く必要はないということです
戦争で命を落とさずに帰ってきたら、
「なぜ死ぬまで戦わなかったんだ」
とバッシングされるような感じ。
吉田家に、娘の数多の金メダルという「結果」ではなく、今までのレスリング打ち込んだ姿、特にロンドン五輪後の頑張りの方をしっかり見ていてくれたお母さまがいてくれたことに、どれだけ救われた思いだっただろうか。
死人に鞭打つみたいな発言は後ろめたいが、「オリンピックに行けなかった青春の蹉跌」から娘に「攻めのレスリング」と「常勝の義務」を植え付けてしまった栄勝氏、そして試合に勝ち続けることしかレスリング上でのアイデンティティを見いだせなくなってしまった吉田沙保里、共にこれでよかったのかと思ってしまう自分がいる。
自分の意見に同調しない人は徹底して排除。
こういう「芸風」が、永遠と続くのかなぁ。
説得できない低脳を人の石頭のせいにせんように。
低能って誰のことですか?
さすがに暴言ではないですか。
タイミング遅すぎ。ごめんなさい。