ホークスでは野村克也以来の強打の捕手。もう少し活躍できたと思う。
1969年5月生まれ。田口壮、立浪和義、若田部健一、久慈照嘉、桧山進次郎、タイロン・ウッズ、片岡篤史、伊良部秀輝。
1987年ドラフト5位で南海ホークスに入団。南海最後のドラフト。
キャリアSTATS

南海時代は一軍経験なし。初出場は1990年4月10日、グリーンスタジアム神戸のオリックス戦。3回に代打で佐藤義則から初安打。
早くから打撃センスの良さが際立っていた。長打力よりもバットコントロールの良さが光る巧打者。
左打席での構え、スイングは門田博光によく似ていた。
1992年には正捕手になり、.290を打って打率8位、以後も捕手としては高打率をマーク、大捕手になっていくかと思えたが、1997年に城島健司に正捕手の座を奪われ、打撃を生かすためにDH、一塁手として起用される。
1000本安打はダイエー時代の2000年5月9日の日本ハム戦、3番指名打者で先発し、記録。
このオフに巨人にトレードで移籍。
DHがないセ・リーグ、しかも選手層が厚い巨人では、活躍の機会がほとんどなかった。阿部慎之助の控え捕手になったが、ひざの故障もあり34歳の若さで戦力外になり引退。
パのチームに移っていれば、あと3~4年は元気にプレーできたのではないだろうか。
1974年松岡弘、全登板成績【13年ぶりAクラス入りに4年連続2ケタ勝利で貢献】
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それだけに…
そういう感覚(巨人至上主義)を持った最後の世代の選手じゃないですかね。
そういう点では他のチームへ行っても大した活躍は出来なかったかもしれません。
あと、サイン疑惑ありましたね。当時のパリーグらしさ全開で(ストッパー毒島的な)アレだけど好きなエピソードです。
翌年以降急激に衰えましたね。
1996・1997年はOPSがリーグトップクラスでしたし、
捕手からコンバートしたことで、もっと長く活躍すると思っていました。
捕手としても、強肩でキャッチングも良かったと思います
門田のあと、藤本、岸川、佐々木らとホークスの中心選手として長く活躍するのではと思っていたし、その片鱗を見せていただけに、サイン盗み疑惑後の急激な成績降下には、残念でなりませんでした
見るからに人柄が良さそうでしたし、性格が捕手向きでも、やはりプロとしては何か足り無かったのでしょうか?
吉永自身がそう思ってたのかははなはだ疑問。
背景としては、城島の台頭で出場機会の低減からのトレード志願、
2000~2001年のダイエー本体の経営危機から年俸1億円の吉永のコストダウン必要性。
後、同時に湯上谷の引退によって南海からの選手が吉永一人になること。
吉永が引退もしくは移籍するとダイエー以降のダイエー純潔球団になること。
これを加味すると、ダイエーとしては吉永は無条件で出したい。
1億円を払える球団って当時は巨人くらい。
ってことを考えるとダイエー残留ってもともと無いのでは?
>ヒデさん
>後、同時に湯上谷の引退によって南海からの選手が吉永一人になること。
>吉永が引退もしくは移籍するとダイエー以降のダイエー純潔球団になること。
その時期なら、まだ大道が南海戦士として在籍していました。