セパ両リーグを並べてみた方が、趨勢がよく分かるのだが、700ピクセルという幅の制約がある。字が小さくなってしまうが、ご容赦を。20年ずつセパ両リーグのRC27王について見てみる。300打席以上。
以前、RC王を見たときと、ほぼ同様だが、順位等が微妙に違う。



セリーグでは戦前から野球界を引っ張ってきた川上哲治、藤村富美男、西沢道夫らが引き続き上位に顔を並べた。
対照的にパリーグは、別当薫、大下弘など戦後デビューした打者が上位。53年には中西太、豊田泰光という新しいスターも登場した。この時期はセパ両リーグの観客動員数に大差はなかったのだ。
はっきりと時代が変わったのは1958年、長嶋茂雄が登場し、川上哲治、藤村富美男が引退した年である。
この年を機にセリーグの人気が高まり、翌1959年の天覧試合を経て優位は決定的になる。パリーグは西鉄、毎日(大毎)が派手に打ったが、セリーグに水をあけられる。62年以降、セリーグは王貞治の独壇場となる。パリーグはこの頃から外国人選手の名前が混じり出す。
この顔ぶれはRCと大差はないが、打席数の基準を下げたことで61年レギュラーを退いた中西太、65年大洋の黒木基泰、68年阪急の矢野清、69年晩年の山内一弘など、打席数は少ないが、密度の高い打撃をしていた打者が浮かび上がってきた。
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以前、RC王を見たときと、ほぼ同様だが、順位等が微妙に違う。

セリーグでは戦前から野球界を引っ張ってきた川上哲治、藤村富美男、西沢道夫らが引き続き上位に顔を並べた。
対照的にパリーグは、別当薫、大下弘など戦後デビューした打者が上位。53年には中西太、豊田泰光という新しいスターも登場した。この時期はセパ両リーグの観客動員数に大差はなかったのだ。
はっきりと時代が変わったのは1958年、長嶋茂雄が登場し、川上哲治、藤村富美男が引退した年である。
この年を機にセリーグの人気が高まり、翌1959年の天覧試合を経て優位は決定的になる。パリーグは西鉄、毎日(大毎)が派手に打ったが、セリーグに水をあけられる。62年以降、セリーグは王貞治の独壇場となる。パリーグはこの頃から外国人選手の名前が混じり出す。
この顔ぶれはRCと大差はないが、打席数の基準を下げたことで61年レギュラーを退いた中西太、65年大洋の黒木基泰、68年阪急の矢野清、69年晩年の山内一弘など、打席数は少ないが、密度の高い打撃をしていた打者が浮かび上がってきた。
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コメント
コメント一覧
やはり榎本さんは生前に殿堂入りして表彰すべき大打者でした
セの王さんの数字はこれはもう…一人だけ連年二桁とか圧倒されます…